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 リュカの書いた本は、意外なほどに面白かった。  魔法公爵と呼ばれる貴族の青年アルベールが様々な事件を解決していく、今から一五〇年ほど前の近代を舞台にしたファンタジーだ。公爵に振り回される年若い侍従のクレマン、愛猫マエストロが、いい味を出している。児童書だと言っていたが、大人が読んでも十分に面白い。  休憩のたびに少しずつ読み進めていく予定だったが、全体の三分の一を過ぎる頃には途中で止めるということができなくて、最後まで読み切ってしまった。  ジェイミーはこの話がすっかり気に入った。  約束の食事の日、「続きはないのかい?」と聞いてしまうくらいには。  その日は、牛肉のステーキと赤レンズ豆のポタージュの夕食をリュカが用意してくれた。付け合わせのマッシュポテトは粉末にお湯を注ぐだけの優れものなのだと、リュカは得意げに説明していた。  ジェイミーは赤ワインと、とっておきの蜂蜜酒、それからデザートに食べようと、くるみとピーカンナッツのタルトを手土産にした。  ステーキを切り分けながら、先日借りた本の話になったとき、ジェイミーは真っ先に続きの有無をたずねた。もちろん、とても面白かったという感想を伝えることも忘れずに。  赤ワインの入ったグラスをゆるゆると揺らしながら、リュカは「誠意執筆中」と苦笑する。 「つまり、全然出せる予定はないってことなんだけど」 「なぜ?」と思わず前のめりでたずねると、リュカが吹き出した。 「あの話、気に入ってくれたんだね。ありがとう。でも、今は出版業界も厳しい時代だからね」 「そうか……」とジェイミーは憤りと落胆の入り混じった息を吐いた。  それならば仕方がないな……とはジェイミーは思えない。  あんなに面白かったのに。なんと見る目のない出版社なんだ。  きっと、そう思う読者はジェイミーだけではないはずだ。普段物語はあまり読まないジェイミーにはめずらしいことだ。  設定も実に凝っている。ジェイミーの知る限り、魔法公爵という肩書は存在しないけれど、世界観も面白い。  いっそのこと出版社を買収して――……なんてことを考えはじめたジェイミーに「あの話の続きはないけど、他にも僕の書いた本があるから、よかったら次はそっちを持っていってよ」とリュカが微笑む。  そのふにゃふにゃとした笑みを見ていたら、毒気を抜かれた気がする。 「ああ、是非」とジェイミーも同じように微笑んでみせた。
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