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 ジェイミーはひとつひとつ不要な物をトランクに押し込みながら「製品化にはまだまだ改良が必要だな」と呟く。ハッター家は古くから魔法製品の開発を生業としている旧家だが、変人ぞろいで名高い家でもある。ジェイミー自身も、これまで製品化してきた商品の特許と、不動産などの家賃収入で一生働く必要のないほどの資産がある。魔法学校を卒業したのは三年前。以来、無職と言っても差し支えない。それでも思いつけばすぐに新しい物を試してみたがるのは彼の性なのだろう。  マッドハッターめ、とリーアムがぶつぶつと毒づきながら、空いたスペースに積み上がった荷物を魔法で降ろしていく。お気に入りのワイングラスのセットがガチャン、と音を立てた。 「ああ、リーアム! それは丁寧に扱ってくれよ!」  グラスセットには厳重に保護呪文が掛けてあるけれど、あんな音を立てられてはヒヤヒヤしてしまう。あれは『彼』がとても気に入って、大切にしていた物だ。大丈夫だとはわかっていても、グラスが心配でトランクを放り出して駆け寄ってしまう。  グラスの無事を確認してほっと息を吐くと、リーアムに憐れんだ目で見下ろされる。別れたのは半年も前だというのに、今でも未練たらたらな証拠だ。  トランクの中から見つけ出したウイスキーで一杯やったあと、リーアムは帰っていった。ジェイミーには何も予定はないが、リーアムは仕事だ。「次はレイフも連れてくるよ」と今日は来られなかった友人の名前を挙げて。  大きな欠伸をしながらグラスを片付ける。すきっ腹にウイスキーが効いていた。  明日は買い物に行かなければ。片付けに必死で気が回らなかったが、この家には食料品の類が一切なかったのだ。ミネラルウォーターの一本もない。トランクを探れば何か見つかるかもしれないが、どのみちこれから生活をはじめるにあたって、部屋を整えなければならない。  そろそろシャワーを浴びて寝ようか、と思ったとき、隣人が帰ってきたらしい物音が扉の外から聞こえた。今日のうちに、もう一度謝っておこうか。片付けはひと段落ついたし、騒音で彼を煩わせることはないだろう。ついでに彼の名前も聞いてみよう。  そう決めて、早速玄関の扉を開け――ぎょっとした。  隣人が、ドアノブに手を掛けたままそこに蹲っている。  ジェイミーは慌てて駆け寄った。俯いた顔にミルクティー色をしたふわふわの髪が掛かっている。それをそっと払い除ければ、真っ青な顔が覗いた。昼間会ったときも青白い顔をしていたが、今はもっと真っ青だ。 「えっと……きみ、大丈夫かい?」  呼びかけようとして、名前も知らないことを思い出す。  どうやら意識はあるようで、虚ろな目でジェイミーの顔を見つめ返す。 「あ、お隣の……」 「立てるかい? ひとまず部屋に運ぶよ?」  彼の体を支えて立ち上がると、「すみません」と囁くような呻き声が返ってきた。 「あれ? 開いてないよ。鍵は?」  しかし部屋の扉を開けようとして、鍵が開いていないことに気付く。 「鍵は、ポケットの、中……」とまたしても囁くような声が返ってきて、ジェイミーは彼のジャケットのポケットを探る。 「ジャケットじゃなくて、パンツの……後ろ……」 「えっ」  ジーンズの尻ポケットと言われて、ぎくりとしてしまった。  ジェイミーは彼に気付かれないように、自分の上着のポケットに手を伸ばし、そっと杖を取り出した。緊急事態とはいえ、今日出会ったばかりの人のお尻を触るわけにはいかない。杖を軽く振って彼の部屋の鍵を呼び寄せる。鍵はひゅんと飛び出して、ジェイミーの手のひらの中に収まった。
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