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 彼を支えたまま、鍵を開けて部屋に入る。  部屋の作りは、ジェイミーの部屋とほとんど同じだ。廊下の突き当りにはトイレとシャワールーム、右側にダイニングルームとキッチン、左側にベッドルームがある。個室の扉はふたつあり、ジェイミーは「寝室はどっち?」と尋ねた。ジェイミーに支えられてぐったりした彼からは返答はない。  勝手に寝室に入るのは気が引けて、仕方なくダイニングに置かれた長椅子に彼を寝かせた。 「大丈夫かい? 僕が分かる?」  薄目を開けた彼に、ジェイミーは話し掛けた。 「あ……」  彼はたった今ジェイミーの存在に気付いたように、目を瞠った。 「あの、大丈夫です、ただの貧血ですから」 「聞いといて何だけど、あんまり大丈夫そうには見えないけどね」とジェイミーは苦笑する。  彼から漂う蜂蜜の甘い香りは、相変わらず古い紙とインクの匂いに隠れている。ただの貧血というのは嘘ではないのだろうけど、到底大丈夫とは言えないだろう。  顔は青白いままなのに、大丈夫ですと言って起き上がろうとする。ジェイミーは彼を椅子に押さえつけて「大人しくしてなよ」と、やや厳しい声を出す。するとようやく彼も大人しくなった。 「キッチンに勝手に入っていいんだったら、何か温かい飲み物でも入れるけど。いい?」  彼は無言でこくりと頷いた。  ジェイミーは戸惑いながらも、出会ったばかりの他人のキッチンに立った。キッチンは綺麗に片付いているが、普段から使っているのだろう、調味料や道具など一通り揃っている。今朝使ったのだろうマグカップが水切りかごの中に置いてあった。 「何もないじゃないか……」  まずは冷蔵庫を確認する。中にはバターと、ビールらしき瓶がいくつか。赤いキャップのボトルは牛乳だろうか。以上だ。  ジェイミーは頭を掻きながら、小さなキッチンをぐるりと見回す。  棚にはコーヒーや紅茶を見つけた。それから、食べかけの板チョコレート。封の空いたブランデーのボトル。  板チョコレートと牛乳で、ジェイミーはホットチョコレートを作った。最後にブランデーを数滴落として、彼に持っていく。  このわずかな時間で、彼はうとうとしていたらしい。ジェイミーが近付くと、ハッとして目を開けた。貧血だと言っていたけれど、隈もひどいし寝不足なのではなだろうか。  ゆっくりと起き上がった彼にカップを渡す。 「熱いから、ゆっくり飲んで」 「ありがとう」と受け取った彼は、小さな唇を尖らせて、カップの中身をふうふうしている。一口こくりと飲み下し、ほう、と息を吐く。  ふうふう、こくこく、と繰り返すこの華奢な生き物を、ジェイミーは興味津々に観察した。  ミルクティーのような優しいブラウンの髪はふわふわで、綿毛のようだ。硬くて黒髪直毛の自分とはまるで違う。その柔らかそうな質感に触れてみたくて、つい手が伸びそうになる。伏せた睫毛は長く、小さな顔に大きな丸眼鏡がアンバランスで、それがいっそう顔の小ささを強調しているようだ。  ゆっくりと時間を掛けてホッとチョコレートを飲み切ると、真っ青だった顔色もすこしマシになったような気がする。
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