002-02. その一輪は雪の中で

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  すごい。 目の前の光景に気圧されて、心の中でそう紡ぐのが精一杯だった。 正直なところ、柘榴はダンスの良し悪しについて、そこまで判別がつかない。 曲のテンポとずれているとか、目に見えてもたついているとか、その程度のものであればさすがに見て分かるものの、一定の水準を超えてしまうと全て「上手」になってしまう。 しかし、今しがた目の前で繰り広げられたパフォーマンスは、そんな柘榴の横っ面を引っ叩いて目覚めさせるかのような、大迫力の光景だった。 「……すごいでしょ」 呆気に取られる柘榴の様子を見て、ローザが誇らしげな表情で耳打ちする。 「ニィはああ言ってたけど……入所してからずーっと練習して、今じゃ同期の中でも一番ダンスうまいんだよ~」 「……すごいです。人間って、あんな風に動けるんだ……」 「ふふっ、俺も最初おんなじこと思った。俺たちより背骨とか関節が多いんじゃないかって考えちゃうよね」 とんでもない言い回しに聞こえるが、柘榴はその表現に納得してしまった。 ニゲラが披露したダンスパフォーマンスは、妙技と言う他にない技術の集合体だ。 先程まで片手の手首を握っていた手が、瞬きもしていないのに一瞬で顔の横に瞬間移動する。 指先から肩までが滑らかに波打ったかと思えば、次の瞬間には手のひらの先にガラスの壁が現れる。 軽く上げられた片方の踵も、重心を動かしながら曲げられた膝も、全てが計算されているかのように精密に、観衆の本能的な美的感覚が「そこにあるべき」と認識している位置を即座に捉える。 そして、何より印象に残るのが…… 「動き自体もなんですけど……その、目線が……」 「あ、気付いた? やっぱり『強い』よね、ニィのあれ」 そう、目線だ。 曲がサビに入る前の一瞬の無音で、僅かなブレも許すことなく停止する全身の動き。 時間が止まったと錯覚する空気の中で、ニゲラの視線がしっかりと「こちら」を捉えたのだ。 柘榴とローザは今現在、撮影用カメラの背後に椅子を置き、そこに座って見学をしている。 つまり、先程のニゲラの視線はカメラに向けたものであり、柘榴が見たのはいわゆる流れ弾だ。 ……流れ弾でこれなのだから、カメラ越しに視線を受けたファンはひとたまりもないだろう。 あんな風に目が合ったら、そりゃあ『リアコ』になるに決まっている。  
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