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イチョウ並木の小道で
何があったのか。
ふと我に返った時には、ロードバイクを降りた黒ジャージの男がずんずんと怒り肩で近寄っていた。七色に光るサングラスを外し、三白眼の両目が迫ってくる。
やばいな。体育会っぽいな。
突然の因縁に戸惑いつつも、僕の防衛本能がフル稼働で脳に対策を働きかける。ウーム、まいった。策ゼロ。
ジャージは真正面で威圧的に傾いで立ち、顔を近づけてジャイロスコープのように睨め回す。
「な、なにか用?」
最も情けない声色でそう言うと、ジャージは次の瞬間「チッ」と舌打ちをして気味悪そうに去って行った。
さて、僕は何をしたんだろうか。
大学へ通じるイチョウ並木の歩道をふたたび歩き出してひとり思い返す。
確かネット動画のサブスクに入るべきかどうかとかそんなどうでもいいことを考えながら歩いていた。そうしたらいきなり後ろから小突かれたのだ。不意だったので僕は結構なつんのめり方をした。
犯人は前方で赤信号に止まっているロードバイクの黒ジャージ。並木の歩道をかなりの速さですり抜けており、やつのバカでかいリュックが僕に当たったのだ。ジャージは何事も無かったように、地面についた片足で赤信号を急かす。
そうしたら突然『ハチワレ』がイチョウの幹の陰からひょいと現れたのだ。続いて『ミケ』と『クロ』。3匹揃ってツンデレの上目遣いをしているくせに、腰をくねらせながら前足をぶらさがり健康器にして、
テレッテ テレッテ イーテテテテー
と歌い出す。すると今度は幹の反対側から3羽の鳥が現れる。『メジロ』『スズメ』『ブンチョウ』の鳥トリオ。きつめメイクのような鳥フェイスのくせに短い脚で小癪にもコサックダンスをしている。猫トリオ、鳥トリオともに全員がゼッケンをつけている。1文字ずつ。並ぶと読める『ユ』『ウ』『キ』『ダ』『サ』『ナ』。
イーテテテテ イテテテ チュンチュンチュン
チャ―チャー ドンコドッコ テレッテテー
ユ・ウ・キ
ヘイ!
ダ・サ・ナ
ヘイ!
レーリレリ レーリレリ レーリレリホー
イェイ!
ズンダッタ ズンダッター
最後の退場のテーマで猫トリオと鳥トリオは幹の陰へ去っていく。なんだこれは、と思っていたらジャージがずんずん歩いて来たってわけ。
ふとあたりを見渡すと、学生連中の大多数が僕を遠巻きにしてクスクス笑っている。なんか知らないが恥ずいぞ。僕は逃げるようにその場を立ち去ったのだった。
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