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じゃあ戻ろっかな、と甘い香りをふわっとさせて加賀美が腰を浮かした時に、急にざわついていた教室が静まり返る。
なにごとかと窺うと、最前列に座っていた学生と江古木が何やらやりあっていた。マッシュルームカットの男子学生。それは東海林であった。
誰も座りたがらないゼミ隊エリアに、唯一気にせずに着席して講義を受けるのは東海林ただひとりである。大人しく、外見も発言もオタクっぽいが、パンクとジョルジュ=バタイユをこよなく愛すナイスガイで、決して怒らずいつも一重の目を細めて微笑んでいる。ただくそ真面目だから物言いが直球である。江古木とは犬猿の仲だと評判であった。
「うわ。今日のエコじい、えらいしつこいな」
席を立ちかけた加賀美がそっと僕に言う。
どうやらいつまでも講義を始めない江古木に東海林が苦情を言ったのが始まりらしい。批判には異常に反応する江古木は、いつものふざけた笑いでのらりくらりとしながらも陰険に東海林の態度を詰っている。嫌味ったらしい。だんだん東海林への公開処刑みたいな雰囲気になっている。
「あかんなあ」
加賀美の苛ついたような声が聞こえたちょうどその時、教壇の左側からあの『ハチワレ』が上目遣いで僕を見てきた。
テレッテ テレテテ アチャチャチャチャー
次の間にはもうミケもクロも登場してぶら下がり健康器。右サイドには鳥トリオがコサックをしている。
アーチャチャチャ アチャチャチャ チュンチュンチュン
チャ―チャー ドンコドッコ テレッテテー
ユ・ウ・キ
ソレ!
ダ・サ・ナ
ホイ!
レーリレリ レーリレリ レーリレリホー
イエイ!
ズンダッタ ズンダッター
そして音楽がゆっくり消えた。
あれ? あれ?
大教室は静まり返っているけど……。
なんで、江古木も東海林もゼミ隊もみんな振り返って僕を見てるの?
あれ? なんでか注目の的になっている。右脇で加賀美だけが、感激したみたいに僕にピースしていた。
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