スーパー『イテマエ』の入口で

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スーパー『イテマエ』の入口で

 何があった。  大学を出てからそればかり考えていた。僕は一体何をしでかしたのだろう。  誰かにそっと聞けばすぐに解決しそうな話だ。しかしそんな気はさらさらない。あの倫理学講義を白い頭でやり過ごし、終了後何か声をかけてきた東海林にも僕は適当にあしらって逃げた。もちろん加賀美などは視界にも入れていない。東海林にノートの出所を聞き出そうという思惑も、それどころではなかった。ひたすら逃げたかった。  そんなことを考えまくっていたらバイトのシフト時間に遅刻しそうになった。ひとまず急がねばと早歩きに切り替え、バイト先であるスーパー『イテマエ』に向かう。  イテマエは地域ではかなり大きめのスーパーである。商業施設内にあって広大な駐車場に面している。入口前は身障者用の駐車スペースが3つあるのだが、たいていヤンチャな白いミニバンやセダンが駐車している。真っ黒いスモークやらそそり立つシフトレバーやらを誇示した車たちが、椅子取りゲームの様にわざわざそこを目指して飛んでくるのだ。  あー今日もだ、とその傍若無人さにイライラする。もちろん口にも態度にも出さない。頭の中で歌ってヤジるだけだ。  とその時、白いミニバンの陰からまたもやハチワレが顔を出す。    テレッテ テレテテ ソコノケソコノケ  ア ソレ!  頭の中でパラパラ音を立てる。抗うことのできないこの高揚感。  アソレ  あのノートの端に書かれた連中がまたまた手を挙げ腰を振り、踊りだす。愉快な音楽が頭の中に充満してきて、思わず僕は歌いだしていた。  ズンダッター ズンダッター  トリオたちが退場。  ふと現実に舞い戻ると……ん?  甚平姿にサンダル履き、日焼けしたオッサンが似たようなの子供をふたり従え、10センチくらい前で僕の顔を睨みつけている。  僕はあわてて2、3歩後ずさる。  何かを言おうとしていたオッサンは、しかしガヤガヤと集まった野次馬たちの視線を感じてか、チッと舌打ちをしてそそくさと車に乗り込んだ。
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