イテマエのレジでバトル

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イテマエのレジでバトル

 店は暇だった。僕は虚ろな目で、遠く左前方に並ぶスーパーのレジをぼんやりと見ていた。  加賀美が2番レジにいた。こんな毎日見えるところにいたなんて全然分からなかった。普段派手な加賀美も、パートさんと同じユニフォームを着ると途端に分からなくなる。  それにしても、なんだって加賀美は気づくとそばにいるんだ。ひょっとして僕に気があるのか?  いやいや待ってくれ。加賀美は僕とは釣り合わない。彼女はクリスマスの華やかで豪華なアレンジメントみたいな存在。いつも眩しい女子グループの中心にいてキラキラしてる。どちらかというと僕はひっそりと咲く道端のタンポポのような子が好きなんだからさ。と勝手なことを思ったりした。  ああ、早く時間が過ぎろ。とにかくアパートに帰って布団を被って寝たい。 「おや」  終始ぼんやりしていた視界に、2番レジでの不穏な色が映った。  夕方の混みあう時間帯で、どのレジも列が長くなっている。2番レジの加賀美が相手をしているのは老夫婦である。そのジジの方が延々と財布を漁っている。加賀美は待機姿勢でニコニコしているが、列の後ろの面々の表情が見る見る悪化していくのが分かる。  先程からずっと小銭を財布から探している風である。たまにそうした客はいるが、このジジは強者だった。財布から1枚1枚硬貨を出し、挙句ちょうどの金額が無かったのか今度は隣の婆さんに怒って財布を出させ、さらに探し続けたのちにやっぱり無かった、と今度はせっかく出した小銭を1枚1枚キャッシュトレイから財布に戻す。ようやく終わって紙幣を出しかけたが、今度はクーポン券がどうのとなってまた振り出しに戻る。  いや遠目でやりとりの詳細は分からないけれど、ジェスチャーが明らかにそう示している。  やばいぞ。と思ったのは、すぐ後ろの中年男性が切れそうな雰囲気でいたからだ。とその時、右手のサッカー台の陰からハチワレが顔を出してにやりと笑った。  僕は両頬をバチンと手のひらではたきつける。おっと、もうその手には乗らんぞ。ただただ冷静に見守ってやる。君たちの出番はないのだ。ハチワレがすっとサッカー台の陰に消える。  安堵したのも束の間。ようやく長い時間をかけて老夫婦の攻撃をかわした加賀美の前に、切れかかったワイヤーのようなスーツ姿の中年が襲い掛かる。  チラ  ハチワレとメジロがサッカー台から僕を窺う。  今度は僕のこらえも効かないくらいソッコーで状況が悪化する。 「だからよ、ちゃんと入れろって言ってんだろうが」  ここまで聞こえる中年の怒声。カゴいっぱいの品物を1枚の買い物袋(有料)に入れるのに苦心した加賀美が、いったん中の牛乳だの長ネギだのを出し始めた矢先に中年が切れた。直前のジジの小銭攻撃の際に、中年は我慢というボーガンの弦を目いっぱい引き絞っていたのだろう。強烈に怒りの矢を加賀美に放ち始めた。  ソレ  ハチワレがウインクする。うるさい、知るか!  そう言いながら、僕はフラワーショップぐりーんガーデンと書かれた緑色のエプロンを投げ捨て、2番レジに駆け出していた。  テッテ テテテテ マテマテマテ 「あんたの仕事は何ですか」  ソレ 「あんたの仕事は何ですか」  イエイ 「お客様は神様か」  ソレ 「店員だって、立場かわればあんたの客さ」  ヘイ 「明日は我が身だ、覚えとけ!」  ワ・ガ・ミ! ソレ ワ・ガ・ミ! 「会社のストレスためこんで。発散してんじゃねーぞこら」  ソレ テッテテテテテ  ズンダッタ ズンダッタ 「分かったかー!」  レジに並ぶ買い物客、そしてレジ店員たちがみんな僕を見ていた。  目の前の中年は財布を握りながら忌々しそうにしている。その肩越しで目を見開いた加賀美が、小さくピースサインを送っていた。
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