謳われる物語

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 その鬼楽祭の舞は、近年稀に見る阿鼻叫喚の地獄絵図になったと記録されている。  数百人の聴衆は全員気絶し、最後まで意識を保っていたのは舞と歌を奏で続けた二人だけだった。何故聴衆が気絶したのか。理由は至極単純だった。鬼女と巫女の音痴が半年間で熟成し、それに加えて様々な練習法で鍛えられた声帯が大音量の公害を引き起こしてしまったのである。 「……皆、感動して寝ちまってるな」 「練習の成果が出ましたね! よしっ!」  本当は互いが音痴のままであると知っていた。しかし、自分の上達した歌声で互いの音痴すらフォロー出来ると信じて疑わなかったのだ。鬼女と巫女の友情が正直に歌が下手であると指摘する方向に向かず、相手の粗を受容して手助けする方向で固まってしまったのが、この悲劇の最大の要因だろう。  この後の記録では、二人は今回の成功体験で自信が付いたのか各地で出張舞を行い、数々の被害者を出したとされている。しかし、記録の中で酷い歌だったと非難する意見はあっても、二人の存在を完全に否定する意見は無かった。彼女達の努力と純真さに惹かれたという声も多数あり、皮肉めいて畑を荒らす猪が消えたと笑う意見もあった。  鬼女は闘争から離れた場所で歌える事に誇りを持っており、各地で自分を受け入れてくれるきっかけとなった歌をより一層愛した。  巫女は薄々自分がまだ音痴であると気付き始めていたが、隣で楽しく歌う友人を見て、自分も下手で居続ける事を選んだ。    二人は記録の中で、確かに笑い、歌い、終生の友で在り続けた。  その愉快な記録は二人の熱心なファンだったとある男に慈しみと少しの茶目っ気を残した題名として、『(多くの人々から)(うた)われた物語』と名付けられている。
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