謳われる物語

3/4
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/4ページ
 群衆の前で歌を披露する半年後まで、困難ばかりが二人を襲った。  現代とは違い電子機器も無く、師事する先生も居なかった二人は必然的に自己流で練習を始めた。行商人から有益な情報を得れば即座に実行に移し、互いが互いの歌声を聞く審査役として役目を果たした。 「具体的に目標を決めておきましょう。半年後の鬼楽祭までに歌と舞を完璧にして、観衆を感動させてみせる。どうですか?」 「何で私もその陳腐な祭りに参加しないといけないんだよ。しかもこの私に舞までさせる気とか、本当有り得ないね」  口では強情に抵抗するが、実際は舞にも興味が湧いていた。それはあの日の巫女の美麗な舞が関係していた事は言うまでも無いだろう。鬼女の心は少しずつ、しかし確かに変容を始めていた。何かを受容して有り様を素直に楽しむなどという行為は今までの生活の中には無かったのだから。  最初は憎まれ口を叩き合っていた二人も時が経つにつれて友情を深めていった。巫女は幼い頃に鬼族に命を救われた事もあり、最初から鬼女の事を排斥していなかった。鬼女は巫女に寝首を掻かれない様に細心の注意を払っていたが、歌の練習に対する熱意、野盗への厳格な対処、本当に角を狙っている訳ではないと知った事で次第に警戒心を解いていった。  転機が訪れたのは鬼楽祭の一カ月前に訪れてきた旅商人の言葉だった。 「歌の本質は楽しむ事であり、自由に振舞うのが一番なのです」  今までにない助言で二人は戸惑っていた。その言葉を反芻し、かみ砕き、そして歌の真理へとたどり着いたのだ。花鳥風月の様に悠然とその場に存在し、決して揺らがない覚悟を、魂の在り方を、遂に習得してこの身に宿したのだ。 「私達、形に拘り過ぎて本質に気付いてなかったんだ。楽しむって初心の気持ちを、心の赴くままに謳う覚悟を」 「じゃあ、喉に巨岩を括りつけて声帯を鍛える練習も……」 「ああ、そうだ。止めよう。鬼には鬼の、ミアにはミアの戦い方がある!」  練習と自由を繰り返す二人は、笑っていた。  目標であった鬼楽祭が開催される。聴衆は数百人に上り、その熱気に歴戦の猛者である鬼女も慄いていた。だが隣には半年間を共に駆け上がってきた戦友が居る。半年前は悩んでいた聴衆の不在も今は心配いらない。角には月光が煌めき、満ち溢れた熱意が瞳に火を灯す。 「私達の全てを見せてやろうぜ、ミア!」 「最後まで信じているわ、トシュカ!」  二人はあの日とは違う満月の下で、声を重ねた。
/4ページ

最初のコメントを投稿しよう!