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「あなたの寿命は、もってあと半年です」  少女が医師からそう告げられたのは五月の終わりのことだった。彼女の病気は現代医学では到底治すことができないものであり、この男性医師は(さじ)を投げた格好になる。 「そう……ですか」  なかば諦めにも似た台詞しか出せなかった。その言葉を絞り出すだけで、彼女は精いっぱいだった。 「まだ十二歳だもんね」  診察室から少女の姿がなくなると妙齢の看護師がつぶやいた。少女の担当医師は、その言葉を聞かないようにつとめている。黙々とデスクの書類にサインをし、事務作業に没頭していた。  薄く開いた窓から初夏の風が流れこむ。診察室から自分の病室に戻った少女は、ベッドのうえに座っていた。つい先ほど余命宣告を受けたばかりで現実を受け止めきれずにいる。その表情には悲しみも絶望も見てとれない。ただただ無の表情を幼い顔に貼りつけていた。  彼女は上体を起こしていた。枕を腰のうしろに置きただうつろに座っていた。病室に流れこんだ風がカーテンを揺らし、彼女の頬をなでる。彼女は意識の外で泣いていた。 「ふんふふふーん……」  風の奥から歌声が聞こえた。声は男のものだった。男といっても成人した男性のものではない。もっと幼い声だった。  少女は窓の外に目を向ける。遠く離れたベンチに人影があった。新緑が生い茂っているので、なんとなく人がいるという認識しかもてない。 「ふんふふふーん……」  しかし、その歌声は確実に聞こえている。どこか楽しげな音色だった。今まで聞いたこともないメロディだったが、彼女の耳には心地よかった。 「こほっ、こほっ」  少女は口に手をあて咳をする。手のひらには、うっすらと赤い液体が付着した。 「あなたの寿命は、もってあと半年です」  先ほど、担当の医師から告げられた言葉を思い出した。どきんとひとつ、胸が鳴く。言葉の重みと目のまえの現実に恐怖を覚える。自分の命はクリスマスまでもたないだろう。身体を抱いてガタガタ震えた。窓の外から風に乗って歌が聞こえる。 「ふんふふふーん……」  少女はすがるように歌声に耳をかたむける。意識の外でベッドを降りて歌声の聞こえる中庭に向かった。
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