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「やあ」  中庭のベンチにいたのは一人の少年だった。年齢は彼女よりもほんの少し年上に見える。十六歳くらいだろうか。肌と髪の色素が薄い。少年は穏やかな表情を少女に向けた。 「どうして泣いているんだい?」  少年はたずねる。少女は黙る。言葉にすれば、半年後に迫った『死』が現実のものになってしまう気がした。 「まあ、いいや。ふんふんふんふんふーん」  少年はまた楽しげなメロディを口ずさんだ。歌詞はなかったが、この歌は彼女の心に響いた。 「ううっ、ううっ……」  少女の目から大粒の涙がこぼれる。ハンカチで目を押さえるが、そこには赤い血はついていない。一般的に涙と血液の成分は同じものだと言われている。血液からヘモグロビンなどの赤い色素を抜いたものが涙なのだ。たったそれだけの違いなのに、一方は『死』を連想させ、もう一方は『生』を連想させる。そのとき瞳に映った水分は、彼女にとって恐怖の対象にはならなかった。 「あれ、おかしいな……」  少女は初めて、自分が『死にたくない』のではなく『生きたい』と願っているのだと気づく。 「ねえ、この歌……」  なんて言うの? そう聞こうとしたとき、少女の背後から声がした。 「勝手に外に出ないでください!」  振り向くと、看護師が立っていた。先ほど少女が診察室で会った女性看護師だ。 「病室に戻るわよ!」  そう言って看護師は少女の腕を引き、中庭をあとにする。新緑が鈴のような音を鳴らす。そのまんなかにあるベンチでは少年が楽しげな歌をうたい続けていた。
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