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「やはり悪くなっている」  翌日の検査で、彼女はそう医師から告げられた。 「このままだと、半年もたないかもしれない」 「そんな……」  今、彼女に対してとられているのは、健康になるためのまえ向きな処置ではなかった。彼女の身体を(むしば)んでいる根絶不可能な病原菌を病院の外部に撒き散らさないための隔離。放置に近い処置なのだ。今の彼女は、この場所で自分の死を待つ以外になにもできない。一人で病室に戻るさいも、彼女の頭には『死』という単語がこびりついていた。 「ふんふんふーん……ふんふんふーん……」  薄く開いた廊下の窓の向こうから、風に乗って声が聞こえる。 「あっ、この歌は……」  このまえの少年だ。少女は踵を返し、中庭に出る。いつかと同じベンチに向かうと、そこには例の色素の薄い少年がいた。 「やあ、また会ったね」  少年は穏やかな口調でそう言った。その顔を見るだけで彼女は感情があふれた。 「どうしたんだい?」  涙を流す少女に少年がたずねる。 「私、治らない病気で……」  そこまで言って彼女は思い出した。昨日の検査では数値がよくなっていたこと。そして、彼女自身、不調が改善されている実感があったこと。「もしかしたら」と彼女は思った。 「歌ってよ」  彼の歌を聞いて心が軽くなり、彼の歌を聞いて検査の数値がよくなった。それならば、この歌を聞き続ければ自分の病気は治るのではないか。そこに根拠はないが、なにかにすがらなければ彼女は立っていられなかった。 「ああ、かまわないよ」  彼女の言葉の真意もたしかめず、少年は再び歌い始めた。歌詞のない歌だが、どこか陽気で、どこか楽しげなその歌は少女の心をほんのわずかに癒してくれた。
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