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「それで、ぼくは顔まで雪に埋まっちゃってさ。『助けてくれー』って叫んだんだ」
「それでそれで?」
「さいわい、すぐそばを一人のおじさんが通ったんだけど、そのおじさんったら、ぼくを見ても助けてくれなかったんだよ」
「えー、ひどーい」
少女は、おなかをかかえて笑っている。
「たしかに、おじさんからしたらなんてことなかったかもしれない。積雪も四十センチくらいだったし。でも、ぼくはまだ子どもだったから、けっこう深刻でさ。うわー、溺れるーってなっちゃったよ」
そのときのジェスチャーが少女のツボにハマった。彼女は涙を流して笑っている。
「こんな話でよかったかな。でも、そんなことがあったから、ぼくは困ってる人を放っておけなくなった。誰かが助けを求めたら、絶対に助けに行こうって心に決めてるんだ」
笑いすぎた少女は右手を突き出し「もうやめて」というポーズをとる。
「絶対、それも歌の歌詞に入れた方がいいよ。だって、こんなに面白いんだもん。そんな話を聞いたら、みんな元気になっちゃう」
少年は照れくさそうに頭をかく。
「そんな空歌みたいな……」
「空歌?」
「でたらめって意味さ。でも、考えておこうかな」
その日以降も検査の数値が改善されることはなかったが、彼女の心には温かなものが芽生え始めていた。
「ねえ。一緒に歌詞を作ろうよ。そして今年のクリスマスは、私と一緒に歌いましょう」
それは彼女なりの生きる意思と決意表明だった。
「そうだね」
少年が答える。
「絶対だよ。約束だからね」
少女は今、人生に希望を見ていた。これが初恋なのかもしれないと彼女は思った。名前も知らない少年とのひとときが、病院に隔離された少女にとっての生きる理由になっていた。
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