伸明 33

2/2
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ
 五井の女帝、諏訪野和子の入院を知ったのは、それから、まもなくだった…  伸明が、知らせてくれた…  いや、  伸明が、直接知らせたわけではなく、ナオキ経由…  これには、驚いたが、少し考えて、それほど、仲がいいのか?  とも、思い直した…  とにかく、自宅にいる、私にナオキから、電話があった…  ナオキは、あの後、自宅に戻った…  これは、以前、何度も説明したが、ナオキと私は、別に暮らしている…  それは、なぜか?  それは、ナオキが、自宅に女を連れ込むため(爆笑)…  私といっしょに、暮らしていては、それが、できないからだ…  いや、  もっと、正確に言えば、私とジュン君といっしょに、暮らしていては、できなかったからだ…  ジュン君は、ずっと、ナオキの息子だと、思っていた…  藤原ナオキの血が繋がった息子だと、思っていた…  が、  違った…  ジュン君の父親は、ナオキでは、なかった…  ユリコが、ナオキを騙したのだ…  ジュン君の父親は、ナオキに似ていたらしい…  それを逆手に取って、ユリコは、ジュン君をナオキの子だと、言い張っていた…  が、  それは、ともかく、ユリコが、幼いジュン君を置いて、失踪した…  結果、ユリコの代わりに、私が、ナオキの家庭に入った…  ジュン君の面倒を見るためだ…  だから、当初は、私とジュン君とナオキの3人で、暮らした…  が、  FK興産が、ITバブルの波に乗り、急激に会社の規模が、大きくなるにつけ、私たち3人が暮らす家も、大きくなった…  具体的には、賃貸アパートから、賃貸マンション、それから、億ションへと、飛躍した(笑)…  そして、会社が大きくなって、ナオキも、大金持ちになると、女遊びが盛んになった…  元々、ナオキは、長身のイケメンだが、それでも、決して、女にそれほど、モテることは、なかった…  が、  金を持つことで、女にモテるように、なった(笑)…  要するに、どこかに、飲みに行き、  「…あのひと、IT企業の社長さんですって…」  とか、  「…どうりで、羽振りがいいものね…」  とか、店のホステスの間で、噂話になると、自然と、女が、寄ってくるようになる…  これは、相手が、ホステスのような玄人ではなく、素人でも、同じ…  会社経営に限らず、小説やマンガ、あるいは、スポーツでも、なんでも、それなりに、有名になると、男女を問わず、ひとが、寄ってくるようになる…  それまで、まったく興味のなかったものでも、相手が、それなりに、有名人や金持ちだと知ると、俄然、興味が湧き、寄ってくるようになる…  世の中、そんなものだ(爆笑)…  ナオキもまた、ご多分に漏れず、金持ちになり、それなりに、有名人になると、女にモテだした…  だから、私とジュン君とは、別に暮らしだした…  その方が、都合がいいからだ…  自宅に女を連れ込めるからだ…  つまり、ナオキが、成功したことで、別々に暮らすようになったと、言うのが、正しい…  そして、ナオキは、ジュン君が、逮捕された後、私の住む、マンションを、私名義にしてくれた…  つまり、寿綾乃名義にしてくれた…  これは、ナオキの誠実な人柄を表している…  いかに、事実上の夫婦だったとはいえ、正式に結婚もしていない女に、いくら金があっても、億ションをプレゼントする男は、いない…  要するに、釣った魚にエサはやらないということだ(笑)…  好きな女の気を引くために、男はアレコレ努力をするが、一度自分と男女の関係になり、それが、ずっと続くと、今さらということになる…  だから、もうエサは、やらない…  が、  ナオキは違った…  藤原ナオキは、違った…  だから、余計にナオキを信頼できる…  だから、余計にナオキを好きになる…  そういうことだ…  そして、私が、そんなことを、考えていると、  「…聞いてる? …綾乃さん?…」  と、ナオキが、電話の向こう側から、言ってきた…  「…聞いてるわよ…ナオキ…心配しないで…和子さんが、入院したんでしょ?…」  「…そうだけど…」  私は、それを聞いて、あらためて、先日、会った、和子の様子を思い出した…  あのとき、和子は、落胆していた…  明らかに、落ち込んでいた…  あのとき、ナオキは、和子が、落胆していたのは、私が、伸明ではなく、ナオキを選んだから…  そう説明したが、それだけではなかったのかも、しれない…  体調が、悪かったのかも、しれない…  そして、私の行動が、それに、追い打ちをかけたのかも、しれない…  私が、伸明ではなく、ナオキを選んだことで、追い打ちをかけたのかも、しれない…  が、  冷静に考えると、なぜ、あの場所に、行ったことが、私が、伸明ではなく、ナオキを選んだことになるのか?  それが、わからない…  私は、たまたま、菊池リンに連れられて、あの場所に行った…  それが、真相だったからだ…  だから、まだ、なにか、あるのかも、しれない…  私が、まだ、知らないことがあるかも、しれない…  私は思った…  今さらながら、考えた…  そして、ナオキ…  今、私が電話で話している藤原ナオキは、多忙だった…  経営再建で、忙しかったからだ…  五井から、ひとを派遣され、多忙だった…  だから、あのとき、ナオキといっしょに、五井記念病院から、この自宅のマンションに帰ってきて以来、会ったことはない…  あの日は、一晩だけ、このマンションに泊まったが、翌朝、すぐに出て行った…  つまりは、それほど、忙しいということだった…  それは、考えてみれば、わかる…  この藤原ナオキは、あの諏訪野伸明と、FK興産の経営再建について、記者会見をした…  要するに、ナオキが、自分の持ち株の半分を五井に譲ったのだ…  それで、五井は、FK興産の株主となり、FK興産の再建を請け負うことになった…  当然、ナオキもまた、経営再建に、協力することになる…  だから、忙しいに、決まっている…  私は、思った…  私は、考えた…  そして、そんなことを、考えていると、  「…で、どうするの?…」  と、聞く、ナオキの声が電話口から、聞こえてきた…  「…どうするって、なにを、どうするの?…」  「…綾乃さん、鈍いな…和子さんの見舞いだよ…見舞い…」  …そうか?…  …そうよね…  当たり前だった…  きっと、そのために、今、ナオキが、電話をかけてきたに、決まっているからだ…  我ながら、トロい…  やはり、これも、病気のせいか?  癌のせいか?  と、思った…  最近、自分のトロさに、磨きが、かかっている(苦笑)…  つくづく、そう思う…  それとも、歳のせいか?  やはりというか…  歳を取ると、感覚が鈍くなる…  要するに、感だ…  感=直観だ…  若いころに、すぐに、ピンときたことが、わからなくなる…  高齢政治家を例に挙げれば、どっちにつけば、有利か、若い頃には、すぐに、読めたものが、読めなくなる…  いや、  さすがに、私は、それほどの歳ではない…  まだ、32歳だ…  女盛りの32歳だ(笑)…  まだまだ、これから…  私の人生、これからだ…  私が、そんなバカなことを、考えていると、  「…聞いている? …綾乃さん?…」  と、またも、電話の向こう側から、ナオキが、言ってきた…  「…ちゃんと、聞いているわよ…」  私は、わざと、面倒臭そうに、言った…  その方が、効果的だからだ…  すると、すぐに、  「…ゴメン…綾乃さん…」    と、謝ってきた…  すぐに、効果があったわけだ(苦笑)…  「…そんなことより、お見舞いでしょ? …和子さんの…」  と、私は、言った…  「…で、どこに、入院しているの?…」  「…五井記念病院…」  ナオキが、即答した…  そして、それを、聞いた私は、絶句した…  「…」  と、言葉もなかった…  たしかに、言われてみれば、わかる…  五井の女帝が、入院するのは、五井記念病院に、決まっている…  当たり前だった…  が、  そんなことは、おくびにも出さず、  「…でしょうね…」  と、言った…  いかにも、わかったように、言った…  それに、気付かれるのが、嫌だったからだ…  私が、和子が、入院している病院が、すぐに、五井記念病院とわからなかったことを、ナオキに気づかれるのが、嫌だったからだ…  相変わらずの負けず嫌い…  きっと、これは、この前の続き…  この自宅の玄関先で、ナオキと、キスをしながら、交わした会話の続きかもと、思った…  そして、そんなことを、思いながら、  「…で、どうするの?…」  と、ナオキに、聞いた…  「…どうするって、お見舞いよ…お見舞い…いっしょに、行くんでしょ?…」  「…それは、無理…」  ナオキが、即答した…  「…無理って?…」  「…今、忙しすぎて、会社を抜けれない…」  「…」  「…見舞いは、綾乃さん、一人で、行ってほしい…」  「…私一人で…」  「…だって、綾乃さんは、これまで、五井記念病院に入院しているし、先日も、あの病院に行ったばかりでしょ?…」  「…それは、そうだけど…」  「…いずれにしろ、ボクは、すぐには、行けない…だから、綾乃さん、一人で、行ってほしい…」  ナオキが、強い口調で、言った…  こちらが、反論できない、強い口調で、言った…  だから、  「…わかったわ…ナオキ…一人で、行くわ…でも、ナオキ、アナタは、どうするの?…」  「…時間を作って、行くつもりだけど、それでは、遅すぎるから…」  わかったような、わからないような言い訳をした(苦笑)…  要するに、すぐに、時間は作れないから、私は、自分一人で、行ってくれ!…  暇な私は、一人で行ってくれ! と、言うことだ…  私は、思った…  私は、考えた…  同時に、五井記念病院か?  と、思った…  正直、縁がありすぎる(笑)…  この歳で、縁がありすぎる(笑)…  癌であることは、仕方ないとしても、正直、これ以上、あの病院に関わりたくないなと、思った…  入院もしているし、お世話にも、なっている…  が、  それ以上に、やはり、五井家の病院というのが、引っかかる(笑)…  正直、伸明にも、もう会いたくは、なかった…  会えば、やはり、もしかして、玉の輿に乗れるかも、しれない…  そんな自分の欲望が、蘇るのは、火を見るより、明らかだからだ…  だから、会わないのが、一番…  一番だからだ…  ナオキに恩を感じながらも、やはり、心のどこかで、伸明に憧れる…  大金持ちの五井の当主に憧れる…  つくづく、自分勝手な女…  嫌な女だと、思った(爆笑)…                <続く>
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!