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「僕、このままじゃギターの弾き語りしかできなくなってしまいます。ほんとはEDMとか、もっとクールな音楽がしたいのに」
「じゃあ、引っ越したらどうですか」
「いや無理です。お金ないです。防音完備の部屋なんて、いくらすると思ってるんですか。ここは、防音はないけど演奏オーケーだったから決めたんです。そんなところほかにないですよ」
「確かに」
実際、そのせいで困っているんですけどね。
と心の中でつぶやいた。
ていうかそんな契約だったのか。苦情を言ったところで、どのみち無理だったのだ。
「夜も弾いてらっしゃいますよね。何時ごろまで」
「僕が寝てしまうまでです。疲れて気を失って寝落ちする直前まで弾かされます」
「じゃあ、勉強は」
「する気になれません」
「風呂は」
「歌いながら入ります」
「食事は?」
「それも、歌いながら、食べられるタイミングで……うっ」
我が身の境遇を実感してか、また男は泣き出した。
「つらい」
「し、しっかりっ」
思わず肩をさすってあげてしまう。
この男が不憫であった。
もはや私の中では、この男が「変人」であるという意識はほとんどないくらいに薄まっていた。
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