3人が本棚に入れています
本棚に追加
聞こえるようで聞こえないので、ありゃなんだ、と不愉快ながらも意識してしまう。だから知らず知らず、壁に引っ付いて耳をすますようになっていった。早く眠りたい。それはそうなのだけれども、隣が、じゃららら……んと匂わせてくるあの音が気になってしょうがない。一体何だ。何の曲を演奏しているのだ。目をぎゅっとつむりながらも、自然と体は壁際に引き寄せられてしまう。背中でじりじりと移動して、音がよく聞こえるポイントを探す。
息を殺して聞いていると、ギター音だけじゃない。声も聞こえてきた。もしかして、歌? これって、弾き語り? 弾き語っているんだろうか、こんな夜中に?
か細くか細く、歌声が聞こえる。くりかえし、くりかえし同じ歌。サビのところは、比較的くっきりと声が聞こえる。男の人の声だ。
あ、ロングトーン……ふぁぁぁん、と幻の楽器のように耳に響いて、そのまま眠りに落ちることもあった。
そうこうしているうちに、五月。若葉がみずみずしい鱗のように輝く季節となっても、まだ私は夜な夜なギターの音を聴いていた。
いいよ。私は別にいい。
だけど、ほかの住人はどうなのか?
最初のコメントを投稿しよう!