まほろばの姫君

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大通りから数本裏道へ入った所にビル一棟分の更地があった。先程迷った時に見つけた空き地だ。 フェンスで囲われ、工事の案内板のような物が貼ってあるが、中から人の気配はしない。フェンスは圭一の肩の高さ程なので、よじ登れば中に入れそうだった。 昼間の時間帯なので全く人通りのない道ではない。だが、丁度こちらを見ている者がいないタイミングで圭一はフェンスに足を掛けると、素早くそれを飛び越えた。 軽々とフェンスを超えた圭一に、幽霊は称賛の拍手を送った。 「素晴らしい身体能力だね!アクション俳優の道もありそうだ!!」 「……」 幽霊を無視して圭一は敷地の中央へと進んだ。頭上にだけ広がる青空を見上げてから、視線を正面の幽霊に移す。ビルの影になり陽の当たらないこの更地は幽霊に相応しい場所に思えた。  ジーパンのポケットから小さな紙片を取り出し、口の中でもごもごと何事か唱えながら空へと放る。 一瞬その紙は鳥のような姿に変化したが、直ぐに空の中へ溶け込み消えた。 「恋城まほろをスカウトしたって言ったよな、聞かせろよ」 何事も無かったような顔で、圭一は幽霊に向き直った。 「……まほろの?興味があるのかな、いいでしょう、お話しますよ、それで君が少しでも芸能界に興味を持ってくれるなら嬉しい!」 聞いた所で興味は沸かないが、それは黙ってただ頷き話を促す。 余程まほろに愛着があるのだろう、濁った目を爛々と輝かせ幽霊は圭一に向かい大袈裟に両手を掲げた。まるでこれからショーでも始めようかという勢いだ。 だが、ショーというのはあながち間違えではないだろう。きっとこの幽霊が生きていた中で一番輝いていた時間、だからそこまほろへ、生へ執着しこの世に留まっているのだから。 「あれはまほろが15歳の時でした。今ほど垢抜けておらず、埋没しそうな容姿をしていました……出会ったのは街中ではありません、あるオーディション会場でした」 その時の事を思い出すように、幽霊は暫し浸るように目を閉じた。 「友達の付き添いだと言っていました、引っ込み思案な性格でね、彼女は……テレビの中では明るく物怖じせず誰とでも楽しそうに話す印象かもしれない……だけど、素の彼女は大人しく真面目な子でね、オーディション会場にそぐわない異物のような存在だった」  幽霊の言う通り、テレビの中では屈託なく笑い人懐こい印象の恋城まほろ。だが、テレビ向けに作られたキャラクターという事か。 「だけどね、何となく……そんな言い方は失礼かな、直感、とでも言おうか僕は彼女の中に何か……可能性とでも言おうかな、そう、可能性だね、それを見つけたんだ。だからスカウトした、会社には反対されたよ、うちは決して大きい事務所ではなくてね、そのオーディションはうちの事務所主催で行ったアイドルグループのメンバーを探すものだった……でも僕はグループに入れるのではなくソロのアイドルとして育てたく思ってね、反対を押し切った形で彼女を事務所の研究生にしたんだ」  まほろは最初スカウトに戸惑い、自分は無理だと断ったそうだ。友達の付き添いで来ていたまほろ。友達はというとオーディションに落選していたそうだ。それなのに自分がスカウトを受けるなど、友達に悪いとも思ったんだろうね。  だが、友達はまほろのスカウトを喜んでくれた。自分は落ちたけどまた他のオーディションを受けていつかアイドルになる。まほろがアイドルになっていつか共演できたら嬉しいと言い、後押した。  そんな経緯もあり、まほろはアイドルになる決心をし事務所へ入った。 「お友達も翌年別の事務所のアイドルグループのオーディションに合格してね、その時のまほろの喜びようは自分がデビューした時の比ではなかったな……」  幽霊は笹木と名乗った。  笹木の事務所は小さく社長を初め社員もまだ20代が多く、その中で笹木は別の芸能事務所からヘッドハンティングされ、スカウト部門のチーフをしていた。  そんな小さな事務所であったからこそ、反対を押し切れたそうだ。ヘッドハンティングされる程なので、社内でもそれなりの権限を持っていた事もあるのだろう。 「初めから順風満帆という訳ではなかったんですよ、今ではCDセールスも好調ですし、ドームツアーを行える程の集客もある……でもデビューして2年は泣かず飛ばすでした、それでも彼女は頑張った、少しずつついてきたファンの為、小さな事務所の為、そしていつしか自分でも夢を持ち彼女は頑張ったんですよ」  まほろは歌唱力も一介のアイドルの域を超えていた。それもあり、順調にCDセールスを伸ばしていった。それに伴いアイドルらしい容姿も身に付け、いつしか芸能人然としたオーラを持つようになった。 「初めはただの素人だったんですよ、本当に……原石を見付けたと思いましたが、これほど輝いてくれるとは……僕自身も驚きでした」  余程嬉しい事なのだろう、白い顔は全く血の気などないがその気配は生者をも上回ろうという気迫だ。 「以前テレビで彼女を見た」  笹木は圭一の言葉で話すのを止め、じっと次の言葉を待った。 「あんたと同じような事を言っていたよ」  たまたまだ。それは深夜帯にやっていたドキュメンタリー番組、それをたまたま見ていた事を圭一は思い出した。  どうしてその番組を見ていたのかなどもう思い出せない、ファン、と言うほど彼女の事は知らない。だが、引き込まれるようにその番組を最後まで見てしまった。 「デビュー当初は全く売れずマネージャーに随分と迷惑を掛けたって」 「……そんな、迷惑だなんて思ってないのに……」 「早く一人前になって、自分を見付けてくれた恩返しがしたいって言ってたな」 「……」  笹木は笑えばいいのか泣けばいいのかわからないというような、複雑な顔で黙り込んだ。
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