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「送ってやるとは随分優しいな」
背中に掛けられた声に振り向くと、圭一よりも大柄な男が立っていた。
緩く波打つ赤毛の髪に、鼈甲の眼鏡が印象的なその男は圭一が放った式紙の鳥を肩に乗せていた。
「スマホはどうしたんだよ、文明の利器があるだろう」
「……充電が切れたんだよ、いいだろ、連絡が付けば何でも」
「良くないだろ、緊急かと思って走って来たんだぞ」
男の名前は中村雅美、3歳年上の圭一のイトコだ。
圭一が雅美の肩目掛け手を伸ばすと、式紙は音もなく消えた。
「それは悪かったな、だから随分タイミング良くまほろの歌が聴こえて来たのか」
「そうだよ、ここ着いたら中にお前とやばそうな霊がいて恋城まほろの話してるから訳分かんなかったよ」
「そうか、それは悪かった」
悪びれもなく謝罪を口にする圭一に対し、欧米人のようなリアクションで手の平を天に向け肩を竦めた。ムカつくがこういう大仰な仕草が似合う男だ。
「悪霊になっていないただの霊体なら、お前でも調伏出来ただろう」
「……ミスってもお前がいるしな」
「ミスらんだろ……はぁ、まぁいい、時間に遅れるから行こう」
「……あぁ」
優しいと言うなら雅美の方だろう。まほろが作詞した歌を流したのだから。
まほろの代表曲といえる曲なので偶然なのだろうが、あれは歌謡大賞を取った曲であった。笹木の鎮魂歌にこれ以上ない選曲だ。
圭一と雅美は悪霊や魍魎を払う、簡単に言えば祓い師の仕事をしている。
それは家業として代々続いているものだ。
圭一はその家の長兄として当主をしていた。雅美の家は分家だ。
その一族は木葉流陰陽術を使い、代々悪霊や魑魅魍魎を払って来た。
その術は剣を用い、術を使う。故に剣術も同時に修め、圭一は木葉流剣術道場の師範も務めている。
術には様々なものがあり、先程圭一が使ったような紙片を使役出来るように変える式紙術、悪霊を倒す調伏術や結界術などだ。
「で、今回は何なんだ?芸能事務所からの依頼って」
「何でも自殺したアイドルの呪い?とか?」
「……はぁ……アイドルねぇ……」
フェンスを越え何食わぬ顔で歩道に出ると、二人は早足で約束の場所を目指した。
「そういえば、オレさっき幽霊にスカウトされた」
「は?さっきのやつにか?」
圭一が可笑しそうに言えば、いぶかしそうな顔で雅美が聞き返す。
「全く興味ないけどな」
「だろうな」
大通りへ戻ると、雅美は迷いのない足取りで目的地を目指す。目的地は予め確認済のようだ。
「あまりキョロキョロするなよ、ぶつかるよ、圭」
「大丈夫だ」
子供扱いするなと言下に込められているが、それを無視してこっちだと腕を引く。
普段田舎に住んでいる圭一にとって、人の多い東京の街は珍しいのだろう。
どうせ迷ってぐるぐる街中を歩き回ったのだろう。だから充電も切れてしまうんだ(そもそも充電をきちんとしていたのか怪しい)
迷ったのなら電話なりメールなりして、カフェにでも入り自分が迎えに来るのを待てばいいのに。雅美はそんな風に思ったが言わないでおいた。
「あのビルだよ」
「特に何の気配もないな、まぁ話を聞くだけだしな」
「そ、だからさっさと話聞いて、美味いもんでも食べて帰ろうぜ」
「あぁ」
後日依頼のあった芸能事務所からまたしてもスカウトを受けるのだが、今の二人はまだそんな事知りもせず、依頼主の待つビルの中へ入って行った。
まほろばの歌姫 完
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