まほろばの姫君

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「ねぇ君、芸能界に興味ないかな?」  別に芸能界に興味があった訳でもないのに、歩みを止め足元からの視線を上げてしまったのがいけなかった。相手を見た瞬間、木葉圭一(このはけいいち)は後悔した。  待ち合わせの場所に向かう途中、何の前触れもなくそれは歩道の上に現れた。  声の主は30歳前後の男。炎天下の最中、紺色の背広を羽織りネクタイもきちんと締めている。  涼しげな笑顔はきっと暑さなど感じていないのだろう……あまりにも青白い顔色、そして頭から血を流している。更に着ているスーツはあちこち破れ、腕と足はありえない方向に折れていた。  なのに本人は濁った瞳で満面の笑みを浮かべているのだ。  圭一はひっそりとため息を吐き出した。  目の前の男は明らかに生者ではなかった。 「高校生かな?」  失礼な、高校は一昨年卒業している。むっとした顔をすれば、相手は「ごめんね」と人懐っこい笑顔を浮かべた。そんな笑顔は不気味なだけだ。  相手にする気はないとばかりに、歩き出し無視を決めたのだが、そんな圭一の態度などお構いなしに死者は話を続けた。 「もしかして、すでにどこかの事務所に所属しているのかな?」 「……」 「君のように華のある容姿であれば、すぐにでもスターの仲間入りが出来るよ」 何とも胡散臭い。圭一は鼻白んだ。 183センチの身長はただ長いだけでなく、適度に筋肉の付いた体。それなりに鍛えているつもりだが、着痩せして見えるタイプだ。  自分の容姿に興味のない圭一は、着ている服も靴も量販店で買える物だし、髪の毛もセットなどしておらず無頓着だ。  ただ、顔の作りは悪くない。華がある、とは言い過ぎだがくっきりとした二重の瞳、高い鼻梁と血色の良い唇は確かに美少年の面影がある。  髪をセットし、スーツでも着ればモデルと言っても通用するだろう。  幽霊は圭一の無視に気付いていないのか、にこにこしながら人の多い歩道を難なく着いてくる。  圭一としては歩き難いのに、隣の幽霊は当然だが浮いているし、透けているので、足が折れていようが人混みなど関係ない。幾多の人をすり抜けるその歩行術は少しだけ羨ましかった。 「……」  やはり雅美(まさみ)に迎えに来て貰えば良かった。そんな風に思いながら、さっきまで道順を確認する為に持っていたスマホに目を落とす。  充電の切れたそれを圭一は苦々しく見つめた。 「話だけでもどうだろう?」 「……」 「そうだ、恋城(れんじょう)まほろってアイドルを知らないかい?」 「……」  信号待ちで止まった圭一は、横断歩道の先のショッピングビルの街頭ビジョンを見上げた。幽霊の言う「恋城まほろ」が歌っているMVが流れている。 「あの子をスカウトしたのは僕なんだ」  誇らしげにまほろを見て、青白い顔に満面の笑みを浮かべた。まるで我が子を見守る好々爺のような視線だ。 「……この日本で恋城まほろを知らない奴なんていないだろ……」  青に変わった信号、圭一は周りと同様に横断歩道を渡り始めた。隣を歩く女性のハイヒールの音に消される程小さな呟きだったが、幽霊には届いたのか何度も頷いている。 「きっと今年の歌謡大賞はまほろだ」 「……」  圭一は別の男性アイドルグループのMVに切り替わった画面を見てから、今度は大き目な声で意志を持ち幽霊に話し掛けた。 「話位聞いてやる」
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