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久しぶりに早く帰れた。
まだ太陽がいて暑かったので、しばらく喫茶店で涼もうといつもの帰り道から逸れる。
胸の間で汗が流れるのが分かる。ちょうど西に向いている路地に入って、陰に隠れることができず目元を手で覆った。
喫茶店に入ると、太陽にあてられた目が室内に慣れるまで少し時間がかかった。冷房の効いた室内に胸を落ち着かせていると、名前を呼ばれて驚く。
声を聞いてすぐにわかった。ずっと聞きたかった声だから。
公園の外で会うのは初めてだったから、あなたは少し違って見えた。大人びて落ち着いているようだった。でも、声はずっと耳に馴染んでいた。
「この前の日曜日、雨だからいなかったの?」
「そう。雨の日は家にいるのが好きだから。公園に行ったの。」
「うん。」
あなたと目が合っている時間が好きだ。あなたの目は真っ直ぐで、心を直接見られているようだから。隠しごとができないような。
でも、あなたの声が聞きたいと思っている私の心は見ないでほしい。
話したいことはたくさんあるのに、あなたが何を話すか聞きたいから、黙っている。
でもあなたと会える時間は、もうほんの少しのような気がして、私はなるべくあなたが白や青だと言ってくれた声を思い浮かべた。
「歌を聴かせたい人がいるって前に言っていたけれど、どんな人なの?」
「僕の味方になってくれた人だよ。もうそばにはいないけど。」
窓から入る西日のあたたかさとあなたで、まるで日溜まりだった。あなたが光に境目をなくしそうに見えた。
「大切な人なんだね。届いてほしいな。本当に温かい歌声だから。」
あなたは少し戸惑ったように笑う。
それだけしか言えなかった。
あなたは寂しさを知っている人だろう。弱さを抱えてる人だろう。それでも光芒のようにあろうとする。いつかあなたのその心が声になるときに、私は耳を傾ける。
あなたの声が聞きたい。
外に出ると、もう日の入りが近く暑さが和らいでいた。喫茶店前にはマリーゴールドが鮮やかに咲いていた。
〈了〉
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