うたコン

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山田平和(ひらかず)の母は東京で一人暮らしだった。 母の日から2日後の夜、平和がTVをつけると90歳を超えた女性が熱唱していた。 渾身の唄声だ。 ♪はぁ~はぁはきまぁしぃ~たぁ♪ ♪きょうもきたぁ~♪ ♪このがんぺきにきょうもきたぁ♪ 平和の目に10数年前の叔父の法事が蘇った。 集まった親族が和やかに昔話をしている。 平和の母もにこにこしながら座に加わっていた。 「松吉さんはずいぶん苦労なさったな」 「シベリアに抑留され10年もけえってこなかったんじゃから」 「お国から戦死の知らせも来なさった」 「んだべ、花絵さんは、二男の竹男さんに嫁ぎなおして百姓継いだんじゃろ」 「ほ~したら、松吉さんひょっこりけえってきてなぁ」 「竹男さんと花絵さんはいたたまらず村を出て行きなさったのう」 「んだ。東京の下町のおもちゃ工場に住み込み込んだんじゃった」 「松吉さんの方は、隣村から幸世さんを後添いに貰ったな」 「二人とも無口じゃったがそりゃ~はたらきもんじゃった」 「それにくらべ、年の離れた三男坊の梅三郎さん。ありゃ~いたずらじゃった」 「お~。そうじゃ。そうじゃ」 「尋常小学校で悪さして先生にこっぴどく𠮟られ、あくる日教壇にてめえのうんこを置いて逃げまわったくらいじゃ」 「梅三郎さんの夢は戦闘機乗りじゃったかのう」 「けんど戦争終わっちまったんで笑子(えみこ)さんと駆け落ちするように東京へ行っちまった」 「そ~ゆうじでぇだったんじゃ」 盛大な拍手が聴こえる。 歌い手は平和の母と同い年。 潤んだ姿はもう見えない。
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