3.お誘い

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「あ! 樺主任!」  駅につき、改札を出ようと言う所で声を掛けられた。改札の向こうで、手を上げた雫が目に入る。  妙に眩しく感じて、思わず目を瞬かせた。  春先のこの時期、グレーのパーカーの上に濃紺のジャケットを羽織り、ライトブルーのスリムジーンズ姿の雫石は、会社で見るのと違い、ラフでやはり学生に見えた。  対して玲司は白いシャツの上に生成りのコットンセーターを羽織り、下は紺のジョガーパンツ。こちらもラフな姿だ。  相手が十近く離れていると、さて、何を着ようか悩むところではあったが、もともと着るものにこだわりもない。この際、色々考えるのは止めて、普段通りにした。  雫はニヤニヤ笑うと。 「普段着の樺主任、ちょっと萌えますね?」 「…殴られたいのか?」 「いや。だって。いっつもきちっとブランドで固めてて隙ないじゃないですか? なのに、今日は香水も──つけてないみたいですし。ギャップが、萌えってなりますねぇ。会社の女子には見せられませんね。全部、主任に持ってかれちゃいますって」 「俺に興味をもつ女子社員は少ないだろ?」 「ええ! 知らないんですか? 結構人気ありますって。でも、近寄りがたくてみんな遠巻きに見てるって図ですね…」 「どうだろうな。俺には関係ない」  眼鏡のフレームを指で押し上げた。  本当に関係ないのだ。女子にモテた所で先はない。生まれてこの方、異性に興味を持った事がない。友人にはなれてもそれ以上はなれないのだ。  知らないから仕方ないが。  わざわざ会社にも言ってはいない。  だいたい、異性愛者がカミングアウトしないのに、どうして同性愛者だけがカミングアウトが必要なのか。  普通ではないからと言う人間もいるかもしれないが、人が人を好きになることが、そんなに異常だというのだろうか。常々玲司は思う。  気にする人間は気にするが、しない人間もたまにはいる。  こいつはどうだろうな?   あれだけ派手に女性相手に遊びまわっているのだ。玲司が同性に興味を持つと知れば、理解できず、きっと離れていくタイプだろう。  まあ、わざわざ教えなくともな。だいたい、こいつは全くタイプじゃない。  玲司が間違っても好きになるタイプではなかった。一方でノンケの男が玲司に興味を持つはずもなく。何も起こらない事だけは断言出来た。  異性愛者とて、異性に誰彼構わず好意を寄せるわけではないだろう。  こうして、友人付き合いもするはずで。男女の友情があるなら、男同士の友情も成立すると思っていた。  どっちにしろ、プライベートでこいつと会うのはこれ切りだろうな。  言うつもりはなかった。
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