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「あ! 樺主任!」
駅につき、改札を出ようと言う所で声を掛けられた。改札の向こうで、手を上げた雫が目に入る。
妙に眩しく感じて、思わず目を瞬かせた。
春先のこの時期、グレーのパーカーの上に濃紺のジャケットを羽織り、ライトブルーのスリムジーンズ姿の雫石は、会社で見るのと違い、ラフでやはり学生に見えた。
対して玲司は白いシャツの上に生成りのコットンセーターを羽織り、下は紺のジョガーパンツ。こちらもラフな姿だ。
相手が十近く離れていると、さて、何を着ようか悩むところではあったが、もともと着るものにこだわりもない。この際、色々考えるのは止めて、普段通りにした。
雫はニヤニヤ笑うと。
「普段着の樺主任、ちょっと萌えますね?」
「…殴られたいのか?」
「いや。だって。いっつもきちっとブランドで固めてて隙ないじゃないですか? なのに、今日は香水も──つけてないみたいですし。ギャップが、萌えってなりますねぇ。会社の女子には見せられませんね。全部、主任に持ってかれちゃいますって」
「俺に興味をもつ女子社員は少ないだろ?」
「ええ! 知らないんですか? 結構人気ありますって。でも、近寄りがたくてみんな遠巻きに見てるって図ですね…」
「どうだろうな。俺には関係ない」
眼鏡のフレームを指で押し上げた。
本当に関係ないのだ。女子にモテた所で先はない。生まれてこの方、異性に興味を持った事がない。友人にはなれてもそれ以上はなれないのだ。
知らないから仕方ないが。
わざわざ会社にも言ってはいない。
だいたい、異性愛者がカミングアウトしないのに、どうして同性愛者だけがカミングアウトが必要なのか。
普通ではないからと言う人間もいるかもしれないが、人が人を好きになることが、そんなに異常だというのだろうか。常々玲司は思う。
気にする人間は気にするが、しない人間もたまにはいる。
こいつはどうだろうな?
あれだけ派手に女性相手に遊びまわっているのだ。玲司が同性に興味を持つと知れば、理解できず、きっと離れていくタイプだろう。
まあ、わざわざ教えなくともな。だいたい、こいつは全くタイプじゃない。
玲司が間違っても好きになるタイプではなかった。一方でノンケの男が玲司に興味を持つはずもなく。何も起こらない事だけは断言出来た。
異性愛者とて、異性に誰彼構わず好意を寄せるわけではないだろう。
こうして、友人付き合いもするはずで。男女の友情があるなら、男同士の友情も成立すると思っていた。
どっちにしろ、プライベートでこいつと会うのはこれ切りだろうな。
言うつもりはなかった。
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