邪馬台国の歌が聞こえる

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 それは、邪馬台国祭りまであと一週間に迫った日のことだった。  ちょうど朝礼が終わり、祭りの準備に取り掛かろうとしたとき、邪馬台国ショーで卑弥呼役を務めている女性から連絡があった。 「腰を痛めてしばらくはショーには出られない。邪馬台国祭りにも参加できない」 「……⁉」  頭の中が真っ白になった。  女性は元々ある劇団に所属していたが、邪馬台国パークがオープンするときに、父さんが「邪馬台国パークで働かないか?」とスカウトして連れてきた人だ。  以降、邪馬台国ショーにおいて卑弥呼役として活躍している。  他のメンバーが本格的な演劇経験があまりない素人の集まりだったこともあり、彼女のパフォーマンスはひときわ目立っていた。  邪馬台国パークのメインイベントとして、邪馬台国ショーが十年間続いてきたのは彼女がいたからと言っても過言ではない。  今回の邪馬台国祭りでも、ショーの主役を務め、そして、フィナーレの邪馬台国大合唱でも中心になって物見櫓の上で歌う……という最も重要な役割を担うはずだった。  その彼女がショーに出られない……。  僕はすぐにはその事実を受け止められず、茫然としていた。  しかし、落ち込んでいる場合ではなかった。 「どうしましょう?」  スタッフが心配そうに尋ねてくる。  そうだ。ここで嘆いていても何も解決しない。  何か対策を考えないと。  代役の人を探すしかない。  卑弥呼役の女性に誰か代わりの人がいないか相談してみた。  父さんも知り合いの劇団の人に連絡してお願いしてみた。  しかし、本番まで一週間しかない状況で、代わりの人を見つけるのは厳しかった。  現在ショーに出演しているメンバーから卑弥呼役を立てようとしたが、メンバーは今の卑弥呼役の女性のすごさを知っているだけに、全員から「無理です……」という回答しか来なかった。  急遽メンバー募集のチラシを作って、街中で配ったり掲示したりした。しかし、募集してくる人は誰もいなかった。  そうこうしているうちに、邪馬台国祭りまであと三日と迫っていた。  もう時間がない。そろそろどうするか決定しなくてはならない。  こうなったら、ツアーのプログラムを変えるか、あとはやはり今のショーのメンバーから代役を立ててやるか……このぐらいしか方策は見つからない。  僕とスタッフもどうすべきかと考えていたが、いい案は浮かばず、全員が下を向いて黙ったままでいた。  そのとき、社長である父さんが突然立ち上がって沈黙を破る。 「みんなで祈りを捧げるぞ!」 「は?」  スタッフ全員がぽかんと口を開けている。  父さん、いきなり何を言い出すんだ。 「このままここで悩んでいても解決策は出てこない。もう神に祈りを捧げてお願いするしかない。そうすればきっと解決策が、いや救世主が現れる!」  父さんはそのまま強引にスタッフ全員を邪馬台国パークの施設である宮室に連れていった。  ここは女王・卑弥呼が祈りを捧げるのに使っていたと伝わる場所だ。  宮室に入った僕たちは、父さんの指示のとおりに祈りを捧げた。  父さん曰く、邪馬台国で行われたとされる祈りを捧げる方法だそうだ。 「祈れ。とにかく必死にお願いしろ。邪馬台国の神にお願いしろ!」  父さんは大声で、何度も何度もそう叫んだ。  最初は訳が分からなそうにしていたスタッフだが、やがて全員がとにかく必死で祈りを捧げていた。  僕も必死だった。必死でお願いした。 「僕はこの邪馬台国パークをずっと続けたい。邪馬台国祭りを成功させたい。そのために力を貸してください。誰か救世主を派遣してください!」  父さんの言葉につられたのか、僕も「救世主」という言葉を使ってしまった。  でも、このピンチをなんとかするには、まさに「救世主」の出現を待つしかなかった。  ……しかし、祈りを捧げたが、何も変わらなかった。  次の日になっても何も起こらなかった。  代わりの人は見つからなかった。  チラシを見て応募してくる人もいなかった……。  ショーまであと二日しかない。  しかし、今さらイベントを中止にするわけにもいかない。  僕は「邪馬台国ショーは現在のメンバーの中から代役を立てる。ショーの時間を短くする」「邪馬台国大合唱は卑弥呼役なしで行う」ことにして行うと提案した。  父さんもスタッフも、もはやそれしかないと同意した。  みんなが「とにかくなんとか形にしよう」と祭りの準備を始めたが、士気が上がらない。ミスも多かった。  そのミスを取り返そうとすると焦ってしまい逆にミスを繰り返す……と悪循環だった。  とうとう全員が黙り込んでしまった。  まずい、この状況はまずい。この暗い雰囲気を何とかしないと……。    そのとき、誰かが事務所のドアをノックして中に入ってきた。
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