ドム嫌いの人間サブは妖ドムに妄愛される

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 *  神楽の話を聞いてからまた時が流れた。  一般的なプレイの指示には対抗出来るくらいにはなっている。  通常のプレイはあれっきりしていなくて、今日も特訓をしていた。  ——白月は通常のプレイはしなくても平気なのかな?  サブにも欲求が出るが自分は欲求に関しては欲が薄い。  ドムはサブよりも欲求が強い場合が多く、週に何度かプレイをする人もいるとウェブページで見た事があった。  大多数がドムしかいない妖であるなら欲求は強いだろうと容易に想像がつく。 「ねえ、白月……」 「どうかしたの?」 「あの、僕……」  一度言葉を止めておおきく深呼吸する。 「特訓だけじゃなくて、白月とまた普通のプレイがしてみたいんだけどダメかな? 白月となら……続けていけそうな気がするんだ」  白月は大きく目を見開いたまま固まっていた。  ——あ……しまった。白月は欲求が強いのかも知れないと思ったんだけど、もしかして違ったのかな。  居た堪れないくらい恥ずかしくなってきて「ごめん、忘れて欲しい」と慌てて撤回の言葉を口にする。 「違うよ、空良。プレイは嫌じゃない。ただ、またプレイしてしまうと自分の衝動を抑え切れる自信がなくて……空良に手を出してしまいそうなんだよね。私はドムだし空良に怖がられるのは堪える」  困ったように白月がはにかんだ。 「手を出すって……」  そこまで無知で純情ではない。言葉の指す意味くらいは理解している。  性的対象として見られているという事だ。ただ気恥ずかしくて、顔に熱がこもっていくのが自分でも分かった。 「正直に吐露してしまえば、今も触れたくて、空良を帰したくなくて必死で堪えているくらいなんだ。特訓の為とは言え、コマンドに耐える空良は余りにも可愛過ぎて……。こう支配欲を煽られるというか。でも気分が高揚した時の私たちの言葉は強いから本当に怖がらせたくはなくて……。ドムに慣れるように始めたこの特訓が、私のせいで無意味な物になるのは嫌なんだよね」  顔が熱い。白月にずっとそんな欲求を抱かれていたというのは今初めて知ったから、返答に困ったのは空良の方だった。  ——もしかして今までの好意も触れ合いもそういう意味合いだったのかな。  嬉しいやら恥ずかしいやら照れ臭いやらで一気に顔がほてった。  でも、次の一言で気持ちごと一瞬で冷却されてしまう。 「空良にはドム嫌いという苦手意識を克服して貰って、今度こそ現実世界で人の子と生きて欲しいから。私は空良の側に居られるだけで幸せだよ」  心臓が嫌な音を立てた。  ——そうか。そういう事か……。  視線さえ合わなかった。  頭を何か固いもので殴られたような衝撃がきて、現実に引き戻される。久しぶりに感じた胸の痛みに耐えるように目を細めた。  ——過去の僕もそうだったのだろうか?  白月と共にいるために、現実世界では人間のパートナーを見つけて、心は白月にあげて生涯を終わらせたのだろうか。  少し考えてみればそうだった。  自分は人間で白月は人外であり、住む所も違えば寿命だって違うのだ。上手く付き合おうとするならば、それぞれ利害の一致する同種族内に仮のパートナーを見つけるか、ずっと独身を貫く覚悟をしなければならない筈だ。  ——でも僕は、パートナーとして愛するなら一人だけを愛していたい。  人外に好きな人を作って、ダイナミクスの欲求を果たす為だけにパートナーを作るなんて、そんな器用な真似は出来そうになかった。  長い沈黙の後、白月に背を向ける。 「そうだよね。変なこと言ってごめん。今日は何だか疲れちゃったからやっぱり帰るね」 「空良。私ね……」  白月が話しかけた言葉を遮るように、口を開いた。 「分かってる! ごめん、分かってるよ……お願い、もう何も言わないで。帰り道だけ教えて欲しい」  口調が荒くなってしまったけれど、白月は何も言わずに立ち上がる。手を引かれそうになったのを弾いてしまった。 「あ……ごめん」  気まずくて視線を逸らす。 「ううん。気にしないで」  白月の後に続いて、異次元空間を歩いていく。  さっきまであんなに何かを考えていたのに頭の中が真っ白で、まるで今歩いている異次元空間みたいだなとぼんやりと考えてしまった。 「送ってくれてありがとう」  境内に出て、白月と視線も合わせずに家まで全速力で走った。  ——白月は優しい。でも勘違いはしちゃいけなかった。  五百年も待ったと言っていたのを思い出す。もしかしたらまた同じ時を待たなきゃいけないのかと思ったのだろうか。  自分ならそんな想像もできない時を生きられる気がしない。  ずっと白月と一緒にいたかもしれない転生前の自分が羨ましかった。  ——僕はちゃんと白月を解放してあげなきゃ……。  ずっと、サブじゃなくてその他七割のノーマルになりたかった。  その後、サブじゃなくて自分がスイッチだと知った。  選べると知ってもドムにだけは絶対なりたくないと願った。  ——でも今は……。  家の鍵を開けて中に飛び込む。後ろ手に鍵をかけてその場に蹲る。 「貴方のパートナーを望んじゃダメだったの?」  どれだけドムに慣れてきたとしても、白月じゃないのならこの先誰ともパートナーになれる気がしない。  どうして自分は人間だったのだろう。  どうして白月は人外だったのだろう。  下を向いた途端にどんどんこぼれ落ちてくる涙が、膝の上と玄関にシミを作っていく。  優しくて、寂しがり屋で、少し子どもっぽい所もあって、よく笑う白月が好きで好きで堪らないのだと今更ながら思い知る。  自分の全てを肯定してくれて、ここまで心を強く保てるように協力してくれた白月だからこそ好きになった。  出来るならこれから先もずっと一緒にいたかった。 「……っ、ふ」  嗚咽を隠したくて手で口を覆う。  人じゃなくて良かったのに、と心の底から願ってしまう。出会った事は後悔していない。白月がいなければ今の自分は居なかったのだから。  それでも……。 「僕は……っ、貴方のサブに、なりたかった」  語尾が震えて嗚咽で消える。まだ動けそうになくて、しばらくの間そのまま蹲っていた。
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