ドム嫌いの人間サブは妖ドムに妄愛される

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 *  平日は仕事に行って、そのまま家に帰宅して……と白月と会う前の生活に戻って一週間が経過した。  今はお互い距離を置いた方がいいと判断したのだが、ただ単に会う勇気が無いだけかもしれない。  ——白月に会いたい。  想いは膨れ上がるだけで、無くなってくれない。  ——最後にちゃんとお礼は言っておこう。  そう思って、会社の帰りに神社に寄った。  誰もいなくなったのを確認する。いつものわらべ歌ではなく、言葉を発する為に口を開いた。  もしかしたら、わらべ歌を口にしなければ届かないかもしれないけれど、面と向かって泣かずに言う自信がなかった。 「勇気を出すのに……一週間もかかっちゃった。まだ顔を見て話が出来る強さが僕にはないから、このまま言わせて。白月と会えて良かったよ。白月がいなかったら、僕は今も会社にいるドムたちにいいように扱われたままだった。白月……今まで本当にありがとう。もう此処へは来ない」  踵を返して帰路に着く。心は重いままだったけれど、お礼を言う前よりはいくらかスッキリしていた。  ——ああ、もう何なんだよこの男は。  会社に到着して早々、また何か言いたげな伊藤に視線を向けられていた。  これで連続三日目だ。  また難癖つけて絡まれるのが嫌だったので無視をしているが、気持ち悪くて仕方ない。  それにどうしてここまで粘着されなければいけないのかも分からない。本当に蛇のような男だと思った。  こちらとしては、もう二度と関わりたくないので放っておいて欲しい。  はぁ、とため息をつく。  前回の事があるので、伊藤が会社にまだ残るのなら一人になる時間を作りたくない。  他の社員に紛れて定時で帰れるように、手早く支度を始めている時だった。  突然、空気が波打ったような妙な気配がした。 『空良』  ——え?  白月の声が聞こえた気がして周りを見渡す。  しかし、どこにも白月の姿はない。  もう一度ため息をこぼす。  ——幻聴まで聞こえるなんて、本当にダメだな僕は。  鞄を手にしてタイムカードを切ると、また空気が脈打った。 『空良』 「白、月? 本物?」  思わず声に出してしまい、誤魔化すように口に手を当てる。 『そう。私……』  ——え? 何で? 『ちゃんと話がしたい』 「ごめん。僕には……何も、話す事はないよ」  誰にも聞き取れないくらいの小声で言った。 『一方的でごめんね。空良が来るまでずっと待ってる』 「僕は……会いたくない」  ——嘘だ。会いたくて会いたくて仕方ない。  ギュッと握り拳を作った。 『うん、いいよそれでも。どれだけ月日が経っても、会ってもいいって空良が思えるようになるまでずっと待ってる』  ——五百年も待ってたのに、何でまた待つなんて言えるの……っ。  不覚にも泣きそうになって、水で膜を張っている視界をどうにかしようと手で瞼ごと押さえつけた。  早歩き気味に出口に進んで、扉を潜った瞬間走った。  もう通い慣れた道を行き、白月のいる神社に向かう。白月に会う事ばかりを考えていて、いつもみたいに誰かに見られていないか確認するのを怠ってしまった。  一気に走り抜けて足を止める。 「ハッ、ハッ、しんど……っ」  こんなに全力疾走したのは学生時代以来で、少し息が整うのを待ってから口を開く。 「と……うりゃんせ、とうりゃ……っんせ」  荒い息を吐き出しながら早口気味に歌うと、最後まで歌う前に白月が出てきて抱きしめられた。 「空良」 「白月……っ」  久しぶりの腕の感触や温もりに包まれ、背がしなるほど抱擁されると切なくなってきて眉根を寄せる。 「空良、会いたかった。大好き空良。この気持ちに偽りはないんだ。それだけは信じて欲しい」 「知ってる……っ」  同じ様に好きだと言いかけてやめる。言葉の代わりに涙が出てきて止まらなくなった。 「知って……っるよ」  白月を疑った事なんてない。ただ自分の中で白月との付き合い方に折り合いをつけられないだけだ。 「ごめんね。泣かないで空良。傷付けるつもりはなかったんだ。空良を手離してあげるべきなのは分かってはいるけど、どうしても誰にも渡したくない。勝手でごめんね。空良が好きなんだ。神楽にも怒られてしまったけど、私はダイナミクスに関係なく空良だけを愛してるし、愛して貰いたい」  眦に何度も唇を落とされて涙を掬い取られる。 「でも白月は僕が居なくなったらまた長い間生きなきゃいけない。白月を解放してあげなきゃいけないのは……僕の方だよ?」 「違うよ空良。私もね神楽と同じなんだ。もう殆ど力がなくなってきている。だから空良が今の生涯を終える頃には私は存在自体が消滅すると思う。空良がまた転生しても私はもういない。それが悔しかった」 「え……、嘘。何で……」 「私は例え弱体化しようとも空良以外とプレイしたくないんだ」  もしかして五百年もの間、プレイしていなかったんだろうか。次いつ転生するかも分からない自分を待って……? 力が弱くなるにも拘らずに待っていた? 何て言っていいのか分からなくて白月にしがみついた。 「その時は僕の魂も持っていって……好きだよ白月」  唇が重なるのと、異次元空間への扉が開くのと同時だった。  気がついたら中庭にいて、抱きしめられていた。 「空良がね……三日前に神社へ来て話してくれたの聞いてたよ」 「お礼くらいはちゃんと言いたかったんだ。白月を解放してあげなきゃって思ってたから」  苦笑まじりに言うと頬に口付けられ、久しぶりの白月からのキスに嬉しくなる。 「自分からもう来ないって言ったのにまた来ちゃった……意思が弱くて困るね。ごめん、しつこくて」  白月が左右に首を振った。 「私は嬉しかったよ。だからこそ空良を離したくないって思った。思わせぶりな態度で空良を振り回したのに、また空良の人としての人生を奪っちゃうのかなって思ったら怖くなった。空良の事を思うなら、初めっから会わない方が良かったのかなって考えたりもしたけれど、空良と会った事を私は後悔していない。本当に自分勝手でごめんね。そのせいで空良を傷付けてしまった」  正面から緩く抱きしめられて、肩に額を乗せられた。 「僕は白月が好き。白月以外と……一緒にいたくない」 「うん。私もだよ」 「好き……っ、白月の側にいたい」  泣き止むまで背中をさすられていた。  どれだけ時間が経ったのだろう。二人して無言のままずっと庭を見ている。優しく包み込むような月が真円を描いていた。 「白月って本当に月みたいだよね。包み込まれるくらいの優しい明るさが僕にはちょうどいい」  出会った時の事を思い出して言うと、白月がまた泣いたのであの時と同じ様に本気で焦った。 「白月、泣かないでっ。もう言わないから。ごめんね」 「ううん。空良にそれ言われるのも二回目だよ。嬉しい。何回でも聞きたい」  座ったままの白月の上で横抱きのまま座らせられる。 「ねえ、空良」 「どうかしたの?」 「空良を抱きたい。空良の気持ちが私に向くまでは手は出さないって決めてた。もう、いい? 全部私のものにして愛したい」  ——手を出してしまいそうだからと言って、プレイを断った理由ってこれだったのだろうか?  頷くとそのまま風呂場へと連れて行かれた。裸体を晒し出すのはまだ恥ずかしくて、タオルを取ろうとするとその手は阻止される。 「駄目。今からもっと恥ずかしい事するんだから、これも慣れよう?」 「うー……、意地悪」 「ずっと空良に会ってなかったから空良不足なんだよ、私。言葉っ足らずだったし、自業自得なのは分かってるんだけど……会いたかった」  後ろから首筋に口付けられて、ビクリと身を揺らす。脇腹を撫でられてまた体を震わせると、白月がフッと笑いをこぼした。
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