ドム嫌いの人間サブは妖ドムに妄愛される

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「出来るんですか?」 「他の妖や人の子は分からないけれど、私には出来るよ。空良の望みは私が全部叶えてあげる。空良は私の特別だから」 「っ‼︎」  心臓の鼓動が早くなり、一音一音が大きく鳴りだした。さっきから心臓が壊れてしまいそうだ。  たえる間もなく恋情を孕んだ瞳で見つめられると落ち着かない。視線を合わせていられなくてソッと伏せる。 「助かります。可能でしたら、ぜひ……よろしくお願いします」  願ってもない申し出に、そう言うだけで精一杯だった。 「ふふ、では敬語からやめてくれる? 私は空良と仲良くなりたい」 「わかりまし……。あ、わかっ……た」  敬語が当たり前になっているので、つい言いかけてまた言い直す。白月は穏やかに笑みを浮かべるだけで咎めたりはしなかった。  自分でつけといて何だが、本当に月のような男だと思った。  太陽のように明るく主張するのではなく、陰からソッと見守り優しい明りで包み込んでくれる月みたいだ。満ちたり欠けたりと表情も変わる。  変な妖だ、と嘆息した。  名前をつけろと言ったり、契約してもいいと言ったり、ケアをしたいと言ったり……もしかしてまた今後も出会えたりするのだろうか。少し嬉しいと感じてしまう。 「ありがとう空良。——良い子だね。それに照れてる仕草がとても可愛い」  一般的なコマンドと呼ばれている単語を発せられていないのに、白月に良い子だねと言われる度にフワリと心を持ち上げられる。思わず感嘆の吐息がこぼれた。  ——また体が楽になった。これ……どんな仕掛けなんだろう。  やたら甘ったるい吐息になってしまったのは、男の甘い言葉がうつってしまったからだと考える。  頬が熱を帯びている気がして手を当てた。  こういうのは初めての経験で、嬉しそうにしている白月の反応が気になったが、気まずくてまだ視線を合わせられない。  見てしまえばきっと白月の瞳にこもっている熱が伝染してしまう。随分と間を開けて視線を向けたのに、しっかりと視線が絡んだ。  心臓は脈打ち過ぎてもう息苦しい。感じ慣れない甘い空気がくすぐったくて、つい眉根を寄せた。  ——なんか……体が変だ。  ドムからは虐げられてばかりで、まともにプレイをした事がない。  ダイナミクスという第二次性を、社会に出てからはずっと恨んで生きてきた。  どんなに努力して頑張って成果を上げたとしても、サブだと分かった途端に鼻で笑われ虐げられる。サブという属性を個人としての特徴だと理解して貰えない。これまでずっと耐え忍んで過ごしてきた。  ——それなのに、どうして?  白月にはもう慣れてしまったかのように嫌悪感すら抱かない。  それどころかこうして抱かれていると、今まで感じた事もないくらいの多幸感に包まれていて寧ろ心地良かった。  思考までふわふわと浮いているようで、眠気に誘われている。 「眠っていていいよ。雨に濡れて体が冷えてしまっている。先ずは体を温めよう。私の屋敷に連れて行っても良かった?」  無意識にコクリと頷いていた。 「本当に——良い子だね」  ——あ、まただ。  全身が浮遊感に捉われてしまい、何も考えられなくなっていく。  初めて通りゃんせを聴いた時と同じ感覚だ。いや、それよりもずっと深い安堵感と高揚感に包まれてしまっている。  ——気持ち良い。  本格的に眠くなってきて、意識はそこで途切れた。  *  ドム、サブ、スイッチ、ノーマルで区別されるダイナミクスと呼ばれる第二次性が出来たのはもう何百年も前だという。  小学校高学年の授業で一通り説明され、簡単に説明書きされたパンフレットを貰った。  七割はノーマルという何の癖も持たない普通の人間に分類され、ドムやサブへの認識度はとても低かった。  中学生へと上がった頃に第二次性の検査を受け、空良はサブだと医師から説明を受けた。  ドムは支配力を有してはいるが、庇護欲も持ち合わせている。それとは逆の立場にいるのがサブだった。サブは庇護欲を求めて支配されたいという願望が無意識下にある。  その一方でドムとサブの性質を持ち合わせていて、相手次第で変化出来るのがスイッチと呼ばれていた。本当に稀な存在だ。  学生の頃は良かった。分け隔てなく友達もそれなりにいたし楽しかった。自分には底抜けの明るさはないけれど、それとなく仲良く出来ていたと思っている。  しかし、社会に出て一変した。  サブへの解釈違いや偏見は空良が思っていた以上に酷かった。  ドムから実際に受ける扱いが酷く、まるで奴隷のようだと感じた。  所構わずドムからイタズラに発令されるコマンド。通常は命令の後に行われる筈のサブへのケアと呼ばれるコマンドは一切行われない。これが続くとサブは心身ともに弱ってしまい、サブドロップと呼ばれる状態異常を来たす。  そんな日々を送っていると、身体的にも精神的にも参ってしまう。段々と生き辛さを覚えるようになってきた。そしてとうとう全般的にドムを受け付けなくなり、ドム嫌いに傾倒していく。  ——どうして、あんな奴らがいるんだろう。  半数以上を占めるノーマルになりたかった。
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