ドム嫌いの人間サブは妖ドムに妄愛される

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 *  目を開けると、木目の天井が視界に飛び込んできた。  二十畳はありそうな畳の部屋に厚みのある上質な布団が敷かれていて、その上に寝かされている。  髪も綺麗に乾かされており、身にはやたら手触りのいい着ながしみたいな物を着せられていた。  ——脱がせられてるって事はもしかして……?  合わせ目から恐る恐る覗いてみて項垂れる。思っていた通り履いていない。素肌の上に着せられている。  ——恥ずかしい。  衣服を全て取り払われていたのは若干恥ずかしく思いつつも、文句を言える立場にはない。  寧ろここまで世話をやかれていたのに、全く気がつけなかった事に驚きを隠せなかった。 「初対面の人に何をやらせてるんだ僕は。こんなの最悪じゃないか」  初めて出会ったというのに、何から何まで世話になってしまい、申し訳なくて空良は顔色を青くした。  屋敷に連れて行くと聞かされはしたが、ここが何処なのか皆目見当もつかない。当の本人は今のところ不在で、近くには見当たらなかった。 「白月?」  室内には床に置くタイプの木でできた和室照明が置かれていて、周りに張られている和紙を透過し、暖色系の灯りが点っている。  一体どれくらいの間寝ていたのだろうか。  外はすっかり陽が落ちて暗くなっていた。  襖は全て開け放たれ、廊下を挟んだ先にある広い中庭にも等間隔で庭園灯が設置されている。形のいい木や砂利、石畳に池など、手入れの行き届いた庭を照らしていた。  赤を貴重とした柱が続く屋敷内も含めて、何とも名状しがたい風情があった。  ——凄い。格式高い神社や旅館にきているみたいだ。  室内から呆然と外を眺める。  二十数年余り、これまで生きてきてこんな綺麗な場所を見た事がない。  正に狐に摘まれた状態で、しばらくの間動けなかった。  ——此処って本当に現実世界……なのかな?  白月が自らを妖と言っていたのと、住んでいる屋敷に行くと言っていたのを考えると、異世界である可能性も捨てきれなかった。  視界に入ってくる光景が余りにも現実離れし過ぎていて、上手く飲み込めずにいる。  広すぎるこの空間に一人でいるのは心細くて、周りを見渡しながら声を発した。 「白月……」  見える範囲内には姿が見えなくて左右を見渡す。少し離れた部屋にも行ってみようと思い立ち、体を起こして布団を畳んだ。 「白月?」  普段よりも大きめの声で名を呼んでみても、耳が痛くなるくらいの静寂に包まれていて何の音もしない。 「白月」  また白月の名を呼ぶ。  どこからも返事は聞こえない。  ——困ったな。何処へ行ったんだろう。  一人残されてもどうして良いのか分からない。  部屋の中を行ったり来たりと繰り返して、意を決して廊下に出た。 「もう起きて大丈夫なの?」 「ひぅっ!」  突然背後から声をかけられ、飛び上がる。振り返るとスーツを手にした白月が立っていた。  悪戯が成功したと言わんばかりに、にこやかな顔をしているのを見て、空良は少しムッとした表情を作る。 「返事くらいしてくれてもいいだろう?」 「空良が私の名を呼びながら探している姿があまりにも愛らしくてね。もっと呼んで欲しいなと思っているうちに返事をしそびれてしまったんだ」 「……」  ——どうしよう。この甘すぎるセリフにはどう返していいのか本当にわからない。  耳まで熱がこもっている気がしてその場に蹲ってしまった。 「どうしたの? 何処か痛む?」 「いえ、何でもない、です」  思わず畏まってしまい、気恥ずかしさを堪えるように眉根を寄せる。 「ふふ。照れてるの?」 「〜〜、分かってるなら……やめて下さい。本当に慣れていないというか、全く免疫ないんです」 「空良がまた敬語をやめてくれたらね」  短大に入ってから初対面の相手には敬語がデフォルトになっていたのもあって、これはこれで慣れない。  いくら本人に言われてこっちが納得したとしても、染みついた習慣はすぐに取っ払えるものではなかった。 「分かりまし……分かったから、普通に喋って欲しい」 「私は何も我慢していないし、普段のように話しているよ」  素面でこうなのか、と空良は心の中で呟いた。  慣れなきゃいけないのはこっちかもしれない。となれば、自分以外にもこうして優しく甘く囁くのかと考えてしまい、少しだけ胸の奥がモヤっとした。  ——考えるだけ馬鹿らしいのかも。  綺麗に畳まれたスーツに視線を落とし、受け取る為に腕を伸ばす。 「スーツまで乾かしてくれてありがとう。助かったよ。あの、下着……は?」  気まずくて視線を横に流す。 「履くの?」 「当たり前です。僕を変質者にするつもりですか⁉︎」 「それなら全裸でも構わないよ」 「それはちょっと……僕が嫌です。ごめんなさい」  嫌そうにしてみせたのが伝わったのか、白月が笑った。 「ふふふふ。冗談だよ。ジャケットとズボンの間に挟んでいるよ。それより、もうサブドロップは抜けているみたいだね」  唐突に話題を変えられ、空良はゆっくりと瞬きする。  あんなに気分が悪かったというのに、言われるまですっかり忘れていた。 「そういえば抜けてる。あれってコマンドに入るの? ケアされたのは初めてだから分からないけれど、僕が知らないケアの仕方? それとも妖ならではのやり方?」  少し興奮気味で畳み掛けるような質問に、白月が口を開く。 「ドムとサブ、そのコマンドと呼ばれている言葉も、元来は妖が使っていた言葉だよ。その妖に対抗する為、似たような効果を求めて人の子が勝手に作った呪文みたいな物が今のコマンドとして定着している。だから私たち妖には必要ないよ。態々語頭をつけなくてもプレイ出来る私たちには、あってもなくてもあまり意味を成さない」  初めて知る事実に、空良は目を丸くした。 「え、妖からきてるんだ。知らなかったよ」 「そうだね。ただ妖は支配力が強いから殆どがドムなんだよね。その中でも優劣があって、ドムさえ従えてしまえる。その際には妖ならではの言葉を扱うけれど」 「言葉を……て、それって僕たちで言うところのコマンド?」  白月が頷く。 「そうだね。でも、普通の言葉でも私たちが力……言霊を乗せて使うと効果が出過ぎてしまうんだ。普段は障りがないように普通に話すよ。効果を付けたい時は言霊を乗せずに敢えて人の子が使うコマンドとやらを使ったりもするけどね」 「効果が出過ぎる?」 「例えばサブスペースに深く入り過ぎてしまってしまったり、サブドロップに陥り過ぎてしまったり。時と場所と場合を選ばないとそれこそ空良をすぐに素っ裸にしちゃって変質者にしてしまい兼ねない。ふふふ、試してみる?」  勢いよく左右に首を振る。  サブとしてはサブスペースに憧れてしまうが、その反面全てを相手に委ねる事が怖かった。
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