ドム嫌いの人間サブは妖ドムに妄愛される

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 サブスペースは、サブドロップとは逆に位置していて、サブの気分の高揚感や陶酔感を極限まで高める状態を指す。それこそ相手のドムに身を投げ出してしまいたい状況下に置かれる。 「遠慮しとく。サブスペースも一度も入った事がないから、まだ怖い……かな」 「そう? 入りたくなったら教えてね。空良の相手は私がしたい。サブスペース目的なら私以外とプレイして欲しくない」  伸ばされた手に顎を持ち上げられる。 「……僕はプレイに良い印象がなくて……。したくなくても、いつも無理やりグレアで動けなくされてしまうので、お約束は出来ないと思います。まあ、入らされるのは今の所サブドロップだけですけど」  顔を俯ける。会社という逃げ場のない場所で、グレアを使われると自身ではどうしようも出来ないのが現状だった。  しかも伊藤は他のドムよりも力が強い。厄介な事この上ない。自分の意思と関係なく体が勝手に反応してしまう。思考を巡らせていると、頭の上に優しく手を乗せられた。 「ドムが寄ってこないまじないをかけよう。口を開けてご覧?」  ——何かを食べさせられるのかな?  自分からお願いしていたのを忘れていた。緩く口を開けると「もっと」と促され、言われた通りに目一杯開く。 「うん。それで良い」  何をするんだろうと思った時には、白月の口に塞がれていた。  ——え? これって……。  思い切り口付けられている。しかも深い。舌を絡ませられて、思わず白月の服を掴んだ。 「ん、っん」  ——でも、温かくて気持ち良い。  段々頭がぼんやりしてきたのと同時に、舌の上に何か形のある球体が生まれて目を瞠った。 「結界玉だよ。そのまま飲み下してみて? 飲もうとすると溶けるから大丈夫だよ」  ビー玉くらいの大きさがあったのに、嚥下しようとすると結界玉が同時に消えて喉の奥に落ちていく。心なしか口内から胃の辺りまで温かい。 「結界?」 「そう。ドムを寄せ付けない結界。私のマーキングも兼ねたね。初めてだから空良が私の力に酔わないように弱目にしたけど。慣れてきたら徐々に効果を上げていこう」 「分かった。ありがとう白月」  ——マーキングって動物的な縄張りみたいなものなのかな?  逡巡していると、着流しの帯を解かれていた。 「あの、白月?」 「着替えなきゃいけないでしょう?」  前で合わせられている部分を開かれそうになって寸でのところで両手で押さえる。このまま開かれてしまうと、恥ずかしい部分を曝け出してしまうからだ。  一度は見られているかも知れないが、意識がない時とある時では話が変わってくる。 「待って! 僕自分で着替えられるからっ!」 「えー、私やりたかったのに……」 「僕、下着も履いてないし恥ずかしいから嫌だよ」 「でもさっきは全部み……「わー! 聞きたくないから黙って!」……」  言葉尻を奪って叫ぶように言った。  白月を逆向きにさせて、そのまま座らせる。その間に手早く着替え始めたが、クリーニングに出した後のように綺麗になっていて驚いた。 「スーツが、綺麗に直ってる……」  短大を出て社会人になったお祝いに両親が買ってくれたスーツ一式だったので、嬉しくて胸に抱える。  今日は伊藤に屋上やフロアで散々正座をさせられたせいで、膝から下の生地が傷付いていたのだ。  どれだけ本気で抗ってもその度にグレアを浴びせられた。  生地を傷付けないように取った行動だったのだが、かえって何度も膝をつく羽目になって傷が酷くなった。  それが綺麗に消えている。  両親に申し訳なく思っていた所だったからとても嬉しかった。 「空良、もう大丈夫だよ。これからは私が守ってあげる。泣かないで」  背後から白月に抱きしめられていた。 「……っ」  いつの間にか零れ落ちていた涙がスーツの上にシミを作っているのが分かって、慌てて手で拭う。  折角綺麗に直して乾かしてくれたのにこれでは台無しだ。手早く着替えた。 「直してくれてありがとう。僕にとって……っ、とても大切なものなんだ」  このスーツをプレゼントされた一ヶ月後、両親は旅先で事故に巻き込まれてしまい他界している。肉親は遠い田舎で暮らしている祖父母のみだ。  今日は二人の四回忌で、弔いを込めて着ていたのが災いした。あんな目に遭うなら普段着ている安物スーツにしておけば良かったと後悔していた所だった。 「白月、本当に色々とありがとう。どうしてかな。白月とは今日初めて会ったのに、初めて会った気がしないんだ。どうして僕を知っているの?」  振り返って正面から白月を見上げる。白月は朗らかな笑みを浮かべて口を開いた。 「人の子の記憶は産まれる度にリセットされてしまうからね。空良と私はリセットされる前にも出会っているよ」 「リセット……て、もしかして転生とかって言われるもの?」  正直驚いた。瞬きもせずに白月を見つめる。 「そうだね。ああ、名残惜しいけれどそろそろ帰る時間だよ。空良は明日も仕事があるでしょう? 現世まで送って行ってあげる。おいで」  手を伸ばしかけて、とめた。  ——帰りたくないな。まだ白月と話していたい。  自分で自分の思いが信じられなくて、困ったように笑い返す。 「姿が見えなくても私はいつも空良の近くで見守っているよ。この神社に来てくれても会える」 「神社って何処の神社?」 「空良が住んでいる近くにある神社だよ」  家の近くに確かにある。驚愕で瞬きした。 「そんな近くに居たの?」 「そう。私は此処を守護している。道路で会った時みたいに、あのわらべ歌を歌ってくれれば私への道が開けるよ。あの歌は私と空良が出会うきっかけになった歌だからね。でもね、黄昏時のあの横断歩道ではもう歌ってはいけないよ。あそこは神道があるから神隠しに遭ってしまう」 「神道?」 「神や神格化した妖たちが通る道を指す。あそこは私以外のモノも通るから、気に入られたら連れて行かれてしまうよ」  ——ああ、だからあの時歌ってはいけないと言っていたのか。 「分かった。あそこではもう歌わない」  歌自体は生まれ変わる前の自分と白月との思い出が原因なのだと分かり、何故懐かしく思えたのか理由が分かったのと共に、自分の事なのに少し羨ましく思えた。 「行こうか。異次元空間を通るから目眩がするかも知れない。その間、私と手を繋いだまま目を瞑っていて」 「分かった」  ぐにゃりと世界が歪んだ気がした。
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