ドム嫌いの人間サブは妖ドムに妄愛される

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 目を閉じていても眩しいくらいの白い空間が続き、白月に手を引かれるまま歩いていく。 「空良、目を開けていいよ」 「此処……」  本当に家の近くにある神社だった。こんな近くに居たなんて思わなかったから驚きを隠せない。  学問の神様が祀られている有名な神社だ。自分が好きなわらべ歌の発祥の地とも言われている。石碑にも刻まれているので、ここの神社はとても好きなのだ。  何もなくてもつい足を運んでしまう。 「白月ってもしかして天神様なの?」  急に畏れ多い存在になってしまい、白月を瞬きもせずに見つめる。 「人の子から天神様と呼ばれているのは菅原道真(すがわらのみちざね)公だよ。他は、素戔嗚尊(スサノオノミコト)奇稲田姫命(クシナダヒメノミコト)誉田別尊(ホンダワケノミコト)も御神体として祀られている。私は此処にある御神木に宿って神社を守っている白龍。人の子に祀られた神格化した妖だよ」  少し寂しそうに笑んだ白月に首を傾げる。 「神格化した妖?」 「人の子は人智を超えた災難を神として崇め祀るからね。そうやって妖や元は人だった者さえ神格化する。言い換えれば神に近くなるってことだよ」  神と呼ばれる存在であるのならばやはり畏れ多い。 「あの、僕本当にかしこまった話し方じゃなくて良かったの? 妖だとしても神様なんでしょ? タメ口はさすがに気が引けます」  視線を合わせるのも烏滸がましい気がして、やや下方に目線を落とす。 「空良は特別。私の方が空良を大好きだからね。初めて自分から加護を与えた唯一の人の子だよ」  見惚れるくらいに微笑まれて抱きしめられた。どう反応していいのか困ってしまい、おずおずと白月の背に手を回す。 「どうして僕なの?」 「どうしてだろうね。いつもこの神社に来る空良を見ていたよ。今も昔も。空良はいつもここで通りゃんせを歌っている。その度に関わりを持って、私はいつも空良に惹かれていく。昔から今もずっと変わらず興味深い」  優しく抱きしめてくれる力加減が絶妙で、必死になってしがみついた。  離れたくないと感じてしまうのは転生する前の自分の意思なのか分からないけれど、白月の存在は居心地が良過ぎて手離したくない。 「空良、出来れば明日も会いたい。周りの反応も聞かせてくれる? もし効果が薄いようならまた結界玉の調整をするから」  白月の言葉に頷く。体が離れてしまったのを惜しく思いながらも手を振る。 「分かった。じゃあ、白月……また明日ね。今日は助かった。本当にありがとう」  微笑まれたと思った瞬間、白月の姿は消えていた。  スマホを出して時間を確認するともう日付が変わるくらいの時間帯だった。  明日は定時で上がれるだろうか。今日は両親の事があったので、早く上がらせて貰ったけれど、結局は伊藤に邪魔をされて帰るのが遅くなってしまった。  白月のおまじないが効いてくれるのを期待して自宅へと急いだ。  *  会社を前にして、直ぐに入る事は憚られたまま出入り口を前にして立っていた。  ——大丈夫……白月のおまじないがある。  足を踏み出して自動ドアを潜る。真っ先に一番会いたくない相手……伊藤に出会ってしまい、思わず怯んでしまう。  けれど、目が合ったにもかかわらずに伊藤は顔を顰めただけで何処かへ行ってしまった。 「?」  ——これって白月のおまじないのおかげ?  だとすれば凄い効果だ。  心の中で白月に感謝し、自分の部署に駆け足で向かってデスクについた。  他のドムも同じだった。馬鹿にしたような口調で絡んでいた人が寄ってこない。それどころかドムの方から空良を避けているような気がする。  仕事がとてもしやすくなった。  ——嬉しい。  今まで、出社するのが億劫だったのが嘘のように心が軽い。ドムが普通の人と変わらないなんて考えてもみなかった。  ——早く白月に知らせたい。  そんな気持ちでいっぱいだったけれど、ひとまず目先の職務を全うする事に努めた。  ——そろそろ帰らなければ……。  会社を出ようと思ったのは、定時の時刻から二時間残業をした後だった。  連日強制的にプレイに付き合わされていたせいで、遅れていた分を取り戻していたのもあり、気がつけば普段よりも遅くなってしまったのだ。  ——白月が待ってる。  思い通りに進んでいく仕事が楽し過ぎて、帰るタイミングを見事に逃した。  手早く帰る準備を始めていると、背後に誰かが立つ気配がして振り返る。そこには不機嫌さを押し隠しもせずにいる伊藤が立っていた。 「月見里、お前特定のドムが出来たのか? マーキングなんかされやがって。は、媚びて股でも開いたか?」  ムッとした。どうしてそんな事を一々揶揄われなければいけないのかも理解が出来ない。  嫌悪感しか湧かずに眉根を寄せてみせた。 「貴方に何の関係があるんですか?」  自分でも驚く程冷たい声音になった。絡ませた視線をすぐに逸らして帰り支度を再開した。 「は、相手が出来た途端にやけに強気じゃねえか。今日も遊んでやるから来い。お前はサブドロップしてる方がお似合いだぜ」  腕を掴まれて無理やり引かれる。  今日一日何事もなく平穏に過ごせていたから油断していた。伊藤が帰ったのをきちんと確認しておくべきだった。  ——もしかしてこの為に態々残っていたのかな。  吐き気すら催す。いつも以上に強い力で腕を引かれてつんのめった。 「離して下さい!」  足を踏ん張ろうとした所で、突然設置されている防犯カメラが全台砕け散った。その途端に腕が軽くなる。助けてくれたであろう人物を見上げた。 「空良に何の用?」 「くそ、てめえこそ誰だよ! 離せ!」 「白……月? 何で此処に……」  ——え? というより、伊藤にも見えている? え? どうして? 「私はね、空良を傷付ける相手が何より嫌いでね。お前は特に目障りだ」  白月が伊藤に向けて手を翳すと、チャプンと何処からともなく水の音がした。  その直後、伊藤の体を包み込むように水柱が出来ていく。上を向いてやっと顔の表面が水から出るくらいの水嵩があった。  自分で上に行くように微調整を加えてもがかなければ空気を吸えない。その様子を白月が無表情で見つめていた。 「は……っ、何だこれ! ぶふっ、てめ、こんな事してタダで済むと……っ、思ってんのか。今度は二度と、会社にいられないように……ッ」  いかにもな悪人のセリフを吐きながら伊藤が吠える。 「まだ空良に何かする気なの? 一度頭のてっぺんまで浸かってみる?」 「やめ……っ、ごぼっ」  水嵩が増して、上向の状態で鼻と口が出るだけになった。伊藤が空気を求めるようにもがいている。 「本来スイッチの筈の空良がサブでいる事しか選ばないのはお前が原因でしょう? ダイナミクスのプレイはね、信頼し合った者同士が気持ちを確かめ合いながらするものなんだよ。それを無視して、無理やり空良を弄ぶお前のようなドムが私は腹立たしくて仕方ない。これ以上空良を傷付けるな」  初めて白月の強い口調で発せられた言葉を聞いて目を剥いた。  衝撃的な事を色々と聞かされ、頭が回ってくれない。  誰かに庇って貰ったのも初めてだし、今までサブだと判断されて生きてきて疑いもしなかった。それなのにスイッチ? 意味が分からない。
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