ドム嫌いの人間サブは妖ドムに妄愛される

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「嘘、僕は……スイッチなの⁉︎」 「そうだよ。本当は空良は自分で選ぶ事が出来る。根底にドム嫌いというのがなければ、自分でスイッチだと気が付けた筈だよ。コイツらみたいになりたくなかったんでしょう? だからドムを憎んで変化するのも頑なに拒む」  ああ、そうだ。ドムが嫌いだった。当たり前のようにサブを支配下に置いて、人格否定さえしてくるドムなんて居なくなればいいとずっと思っている。 「俺がどう……しようが、関係ねえ、だろ。ソイツがどうなろうが……っ、知ったこっちゃねんだよ!」 「その口を閉じててくれないかな? ああ、人の子はこう言うんだっけ。——私に平伏せ(Grare)」  とうとう伊藤の姿が水の中に消えた。白月に直接グレアで圧をかけられた伊藤は座り込んだまま床に額をつけている。 「さて、どうしようか。反省のハの字も無さそうだね。ああ、こうしよう。サブの気持ちでも味わってみればいい。それで反省しなければ……」  そこで言葉を切った白月がニンマリと笑みを浮かべた。  水嵩が急激に減っていき、平伏せている伊藤の膝丈で止まる。 「次は無いよ。チャンスはこの一度っきりだ。今度空良に近付いたり、他のサブを弄んでみろ。容赦はしない」  言葉とは反対に、白月からはこれ以上伊藤に危害を加えようとする気配は伝わってこない。空気も不自由なく吸える状態にされていて、水柱からもすぐに抜け出せる仕組みになっている。  口だけでも「もうやらない」と言ってしまえばすぐに解放されるのに、プライドだけは高い伊藤は悔しそうに眉根を寄せていた。  白月が自身の右手を真横に振るうと、水柱が弾け飛んでミストみたいになり空間に溶けて消えていく。今までの事は全てが幻だったかのように伊藤の体は一切濡れていなかった。  同時にグレアも解けたのか、伊藤は咳き込んだ後「……ッ、くそ、化け物め! 覚えてろ」と言い、足をもつれさせながらも逃げていく。体にも特に問題はなさそうだった。 「あれは絶対また同じ事をしそうだね。他に被害者を出さない為にももっと脅しておけば良かったかな」  白月は呆れたようにため息をついていた。 「白月どうやってここまで来れたの?」 「姿を消したまま壁を通り抜けたんだよ。手を掴む寸前に姿が見えるように調節したけどね」 「そんな事が可能なんだね」 「ふふ、空良が遅いから見に来ちゃった」  意のままに調整出来たようだ。唖然とする。 「ありがとう。あと……どういう事? 僕は学生の時の検査でサブと言われたよ。でもスイッチって……」  両手の拳をそれぞれ腰の横でギュッと握って視線を落として問いかけた。 「空良はスイッチだよ。検査なんてしなくても私たちには視える。人の子のスイッチは、初めサブと誤診される事が多いんだ。成人した後にスイッチだと発覚したり自覚したりする。空良は恐らくずっと私といた事で、転生しても魂がサブだと誤認識しているのかもしれない。今世ではドム嫌いが根底にあるから、ドムになりたくないと無意識下で自分に暗示をかけている可能性もあるね」  成程と納得する反面、誤認識と言う言葉には違和感を覚えた。  ——違う……きっと以前の僕は自分から望んでサブになった。  どうしても白月と一緒に居たくて仕方なかったのだろうと思う。記憶はないが、何故かそう確信している自分がいた。  白月を手離したくない気持ちが痛いほど良くわかる。色々面倒見が良くて、優しく包み込む。さっきみたいに助けられると、本当に自分だけを特別扱いしてくれているんじゃないかと思ってしまう。白月の存在感は中毒性を孕んでいて危うい。  でもさっき伊藤にした事は、いくら本気でなかったとしても少し行き過ぎた行為に思えた。 「白月、今度はあんな事……しないで。怖い」  間違って命を奪ってしまうような事があったら、白月は神格化した妖でいられなくなるんじゃないかと考えた。自分の為に犠牲になって欲しくない。 「怖がらせてごめんね。空良が望むならもうしない。私の事嫌いになった?」  白月がオロオロして、左右を行ったり来たりと繰り返す。その様子が可愛くて、思わず笑いを溢してしまった。 「ううん。そうじゃない。もし伊藤の件で白月に何かあったらと思うと怖かっただけなんだ。白月が怖いわけじゃない。それに白月からは本気じゃないのが伝わってきてたから安心して見ていられた。伊藤を庇う程、僕は優しくないし出来た人間でも無い」  正面から抱きしめられて、同じように白月の背に両手を伸ばした。 「空良、このまま屋敷に連れて行っちゃダメ?」  怒られた子どものように項垂れている白月の頬に手を当てる。 「いいよ。その前にタイムカードきってくるから待ってて」  一緒に帰る為に、急いでタイムカードを切る。伊藤に絡まれて時間が経過してしまった分は、明日部長に押し忘れてしまったと謝りに行こうと思った。  連日で訪れた屋敷は、五十人くらいは居てもおかしくない程に広くて、幻想絵画を見ているように浮世離れしている綺麗な所だった。  何度見ても感嘆な吐息が出る。現実世界じゃないのだから当たり前なのかもしれないが、やたら空気も澄んでいて息がしやすい。  この神社には他にも祀られている者がいると言われたけど、屋敷で白月以外に会ったことがない。  ——別の屋敷に住んでいるのかな?  そう考えていると背後から「空良」と名を呼ばれて振り返った。 「食事の用意ができたよ」  ゆっくり瞬きした。 「もしかして白月が作ったの?」 「ううん。友人に用意して貰ったんだよ。食事がないと人の子はお腹が空いてしまう。でも私は少しでも長く空良と一緒に居たいから、すぐに帰って欲しくない。だから此処で食事をしていって欲しい」 「う、うん……」  セリフが一々恥ずかしい。  何だか付き合いたての恋人みたいだ、と思いつつも「待て。そうじゃないだろう」と頭を振る。  慣れるのは自分の方かも知れないと思ったけれど、この甘ったるい空気に慣れるのには時間がかかりそうだ。  今の所は慣れなくて気恥ずかしいの一択だった。  食事が用意されている食の間に案内される。やたら大きなテーブルの上には一人分しか置かれていなかった。
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