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「白月の分は?」
「食べる妖もいるけれど、私は人の子の食べ物は食べないんだ。木々から生命力を少し分けてもらう。それだけで半年から一年くらいは暮らせるよ。気にしないで温かい内に食べて?」
頷いて、いただきますと両手を合わせて箸を手にした。
「食べなくていいのは便利だね。食費が浮く」
ふふふ、と笑いをこぼすと、白月も笑った。
「まあ、私が宿っている木からしか貰えないけどね」
「て事は、白月は木から生まれたの?」
「木から生まれたというより、元々ある木に宿ったって言い方が正しいかな。湖に浸かりそうになっていた大木なんだけど、開拓とやらでこの神社の境内に移動されたんだよ。波長が合ってしまって、その木に宿ってる」
「そうだったんだ」
「でも移動されて良かった。空良を見つけられたからね。あの歌は本当に私と空良を繋いでくれる」
話している間中手を止めていた空良はまた箸を動かし始め、空腹を満たしていく。
途中で視線を上げると、じっくり観察するようにこちらを見ている白月と目が合って気まずかった。
「そんなに見られると食べ辛いと言うか、恥ずかしいんだけど……」
「ごめんね。久しぶりに空良と会って、昨日から興奮と感動を押さえきれないんだ。五百年もの間、空良を待ってたんだよ。本当は家にも帰したくないし、一時も離れたくない。空良に触れたい。ずっと見ていたいんだ。どうしても嫌?」
——五百年⁉︎
ギョッとした。それなら無理もないのかもしれない。そんな寂しそうな表情で眉尻を下げられると嫌だとは言えなくなってしまう。
「そこまで嫌じゃないけど……気まずいです」
「あー、また敬語!」
ムキになる所は子どもっぽいんだなと嘆息した。
——以前の僕はどんな人だったんだろう。白月の扱いはお手のものだったんだろうか。
「せめて、座る場所を変えてくれない?」
白月があまりこちらを見ないように、自分の背後に移動させて後ろから包み込むような形に変えて貰った。
「これ落ち着く。今度から食事の時はこうしてていい?」
「まあ、これくらいならいいよ。腕なら回しても大丈夫だよ」
「触るのは?」
「それはちょっと……まだ……ダメ」
正面から見つめられるより、こっちの方が恥ずかしくなくて良い。誰かに見られてしまうと変な誤解を与えそうな距離感だったが、二人しかいないのだからいいだろう。食事に戻って見事に完食した。
食事を終えて、お茶を飲んでまったりしながら、空良は今思い出したと言わんばりに白月を振り返る。
「そういえばね、白月! 今日いつも嫌味を言ってきていたドムたちが寄っても来なかったんだ。凄い効果だったよ。初めて仕事がしやすくて、遅れていた分の作業まで終わらせれた。本当に嬉しい、ありがとう」
興奮ぎみに一気に話すと白月がふわりと笑んだ。
「良かった。初めてだったし、弱目にしてたから心配だったんだ。弱いと今日の男みたいな少し力のあるドムにはあまり効果がないからね。それもあって今日は会社まで様子を見に行ったんだよ。空良に絡みついていたあの男の思念には並々ならぬ執着心が見えたから心配でね。でもやり過ぎちゃったよね、ごめん空良」
気まずそうに語尾が弱くなっていく白月に向けて、左右に首を振ってみせた。
「ううん。助けてくれたのに僕こそごめんね。伊藤からの強制的なプレイは本当に嫌なんだ。いつもサブドロップさせられて放置される。合意もないしセーフワードも作って貰った事がない」
セーフワードはドムのコマンドにどうしても応じたくない場合にサブに用意された逃げ道みたいな言葉だ。伊藤はあえてセーフワードを設けない事で徹底的にこちらを蹂躙してくる。
苦笑混じりに喋り、またすぐに口を開いた。
「だからタイミングよく会社に来れたんだね。それにしても僕に執着? 伊藤が?」
ただただ気持ち悪い。
「本人も自覚してるかは分からないけれど、空良を自分の所有物だと思っている印象を受けたよ。でも今日あの男に、一時的にだけどサブになるような仕掛けをしたから暫くの間大人しくなるんじゃないかな?」
「そんな事も出来るの?」
呆気に取られた。あの伊藤がサブだと思うと少し笑えた。いくらか溜飲が下がる。
「空良、口を開けてごらん。昨日よりもう少し強めの結界玉をあげる」
「うん」
あの字に口を開くと、また口付けられ口内を貪られる。それが何とも言えないくらい気持ちよくて、腰の奥に疼きが生まれた。
白月の口内から温かくて丸い玉を渡され、昨日と同じように飲み込む。
恋人でもない人との口付けは、これで本当に良いのだろうかという背徳感を覚えた。
——それにしても執着、か。
ただ単にこちらを馬鹿にしたいだけなんじゃないだろうか、と考えて視線を伏せる。
「やっぱりサブはドムに対抗出来ないのかな……」
常に白月に守って貰うばかりではいられないだろう。自衛も兼ねて自分で何とか出来るようになりたかった。
白月の事は平気だけど、やはり他のドムには良い印象は持てないし、今後も極力関わりたくない。
でもダイナミクスのある現代社会に生きている以上それは無理だ。ドムとはずっと関わり合わなければいけない。対策を考えなければいけなかった。
ずっと受け身で諦めてばかりだったけど、白月におまじないをかけて貰って、今までと違った景色を見れたのは僥倖だった。
おまじないがなくても、もしかしたら自分で何とか出来るのではないかという希望が持てたからだ。それに、本当に自分がスイッチだった場合、立場の弱いサブと出会った時に、ドム性が出ないようにもしたかった。
——ドムになんてなりたくない。
「私が特訓しようか? 要はドムに屈し過ぎず、サブドロップに入らないように強化出来たらいい? 空良の望みは何?」
白月の言葉に顔をあげる。
——僕の望み?
従わされてばかりだったので、今まで諦めていた。こんな風に意見を問われたのは久しぶりで、すぐには答えられなくて口ごもる。それでもしっかりと白月を見て、時間をかけてしまったけれど口を開いた。
「僕は、合意のないプレイはしたくない。強制的なコマンドを弾いてサブドロップに入らないようになるまで強くなりたい。後、スイッチでもやっぱり僕はドムになんてなりたくない。白月以外のドムは嫌いだ。アイツらと同じドムになるくらいなら、僕はずっとサブのままでいい」
ハッキリとした口調で意思を伝えた。
「分かった。私も協力するよ」
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