竜殺しの歌

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・歌で竜を鎮める巫女の一族に生まれながら、ひどい音痴な私は、虐げられていて……。  竜神を祭る神殿の上空で固い物同士が激突し、ギリギリとこすれ合う音が鳴り響いた。続いて轟くのは、けたたましい野獣の咆哮だった。  空の上では二つの巨体が飛膜を羽ばたかせ、鋭く長い毒牙で何度も互いを咬み裂き合っている。牙から滴る毒と鮮血が上空で霧となり七色の彩雲を作った。とても奇麗だが毒霧なので降りかかると死ぬのが辛いところだ。猛々しい叫びが遥かなる山の向こうまで届き、一部は木霊となって戻ってきた。その騒音が神殿内部にいた人々を震え上がらせる。暴れ回る竜を抑えられる者はいない。竜が本気を出せば、石造りの神殿も瞬時で破壊される。屋根の石が落ちてきたら、その下にいる人間はぺちゃんこだ。  そのうち、二匹の竜が力尽きて神殿の中庭に落ちてきた。二匹とも全身が大きく切り裂かれていて、内臓がはみ出している。それでも戦意は衰えない。断末魔の苦しみにのたうち回る合間に、長い首を伸ばして敵を咬んでいたが、やがて二匹とも息絶えた。  神殿の窓から外の大惨劇を見ていたマールーヨォは、二匹の竜に続いて死ぬのは自分だと覚悟した。歌で竜を鎮める巫女の一族に生まれながら、ひどい音痴だった彼女は、ひどい虐待を受けていたのだが、皆に懇願して竜を鎮める歌を歌う機会を与えられた。しかし竜を鎮めるどころか激しく興奮させ、同士討ちさせてしまったのである。要するに、彼女の運命は尽きたのだ。  人より大切な竜を死なせたマールーヨォは即時処刑となった。死刑台に登る彼女の中に突如、謎の声が聞こえてきた。その声が彼女に彼女が為すべき仕事と、その方法を教えた。彼女は死の間際に、自分の宿命に気付かされたのである。しかし、死の寸前だったので今さらどうしようもなく、すぐに首を斬られて死んだ。 ・人気歌手である姉の歌声は、本当は私のもの。替え玉に疲れた私は、行方をくらませることにした。 『時代も国も超えて人の心に根付く、歌という文化。聴くと思わず歌いたくなる曲が、誰しも一つはあるのではないでしょうか』とカラオケ店内に流れる有線放送が言っていた。歌手として強く同意する。だが私が歌いたい歌は人気歌手である姉の歌いたい歌ではなかった。替え玉は、自分の歌を歌うことが許されないのだ。それに耐えられなくなった私は、姿を消すことにした。  行方をくらませるとはいえど、家出をしたら大事になってしまう。とりあえず、その日の収録はバックレることにした。ストレス解消に一人カラオケに行く。まずは二、三曲バチっと歌い、トイレへ行って戻ってくる途中、背中に電流が走った。実際に感電したわけではないけれど、そんな感じだ。何かが、私の中を駆け抜けたのだ。自分は前にも、こんな虐待を受けた。そんな辛く悲しい思い出が湧き上がる。そして、前世の記憶が蘇ったのだった。歌で竜を鎮める巫女の一族に生まれながら、ひどい音痴な私は、虐げられていて、そして……殺された。  理不尽な死を遂げた前世の自分を憐れむと共に、怒りが湧いてきた。私を殺した巫女の一族に復讐してやる! と心に誓う。  もっとも、元の世界へ戻る方法がわからない。なにをどうすりゃいいのよぉ? 待って、死ぬ前に誰かがいろいろ教えてくれたんだった……そうだ、思い出した! 私は死ぬ前に、自分の運命に気付いたのだ。そう、そのためには、まず、私以外の上手い歌い手が要る。人間離れした男性シンガーが必要なのだ。そのために、ええと、どうしよう? 動画配信で募集するか? それとも昔ながらの方法だけど楽器店に「ボーカル募集」とビラを貼るか? でも、それだけとヘボしか集まらないんだよな……まずは自分の部屋へ戻りジュースを飲んで、これからの計画を考えよう。そう決めて部屋に戻ったら、人のところだった。  中にいた男はマイクを握り締めたまま驚いて飛び上がった。  こっちも驚いた。二重に。  その若い男は、途轍もなく歌が上手かった。音楽業界にいるから色々な歌声を耳にしてきたけど、これほどのシンガーはお目にかかったことがない。  何者だ、こいつは!  私は、その青年を凝視した。  どこかで見たことがある。  思い出した。 「あなた、私の同級生じゃない? 凄く影が薄いクラスの男子だよね! えええ、すごい歌上手くない!? 凄くない!?」 ・カラオケで部屋を間違えたら、影の薄いクラスの男子がいた。え、すごい歌上手くない!?  同級生でクラスで一番美人なギャルの○○代さんがカラオケで熱唱中の僕の部屋に入って来て興奮し始めた。僕の歌声を聞いて、竜を操る美声の持ち主だと確信したとか、今から元の世界へ戻るから準備してとか色々喚いている。何を言ってんだか、意味が分からない。  困惑する僕に業を煮やしたように、僕の手を強く握り、○○代さんは言った。 「あなたこそ、私の求めていた男性シンガーだ! 一緒に行こう!」  そう言って僕の手を引っ張りカラオケ店を飛び出す。どこに連れて行かれるかと思ったら、ラブホテルだった。 「ちょ、ちょま、ねえ、ちょっと待ってよ!」 「私は早く復讐したいの。時間がもったいないから、協力して!」  ○○代さんは僕の大切なものを奪った。あまりの衝撃に失神した僕が目覚めると、そこは竜のいる世界だった。彼女は言った。 「ここは竜神を祭る神殿の内部。今から私は、竜を狂乱状態に陥らせる歌を歌う。しばらく歌ったら、あなた、同じ歌を歌って。そうすると、狂暴になっていた竜が落ち着くから」 「ちょ、ちょま、ねえ、ちょっと待ってよ! どういうことか、説明して!」  そこで○○代さんが言った話を、僕は理解できなかった。正直、今もよく分からない。だけど彼女は、自信たっぷりに「私は竜を狂暴化させ、私を殺した歌で竜を鎮める巫女の一族に復讐する。あいつらには、本当に狂乱した竜を抑える力がないから、竜が暴れ回ったら何もできない。皆、死ぬ。そこで、あなたの出番。あなたが歌えば、竜は大人しくなる。あなたには、歌で竜を鎮める本当の力があるの」 「え、ちょ、ちょま、ねえ、ちょっと待って! ぜんせん意味が分からないって」  ○○代さんは僕に近づき、僕の耳に囁いた。 「私の言うことを聞いてくれたら、さっきの続きをさせてあげる」  僕はごくりと唾を飲んだ。 「つ、続き?」 「ええ、たっぷりね」  僕は頷いた。ギャルは約束を守るから、と○○代さんは笑った。  そして○○代さんは歌った。その直後から建物の外で物凄い咆哮と悲鳴が聞こえてきた。しばらくすると、悲鳴は聞こえなくなった。そこで彼女は歌を止めた。彼女が歌った歌を、僕に歌わせる。一度聞いた曲は再現できるので、僕は彼女が歌っていた歌を歌った。そうすると、謎の咆哮は聞こえなくなった。  ○○代さんは高らかに笑った。 「これで私は、竜を操る巫女の一族最後の人間になった。この世界は私の物だ!」  それから僕を見てニコッと笑った。 「ありがとう。全部、あなたのおかげだよ」  そして○○代さんは、さっきの続きをさせてくれた。僕は、またもや失神した。目覚めたら、先ほどまでいたラブホテルの部屋だった。彼女の姿はなかった。それだけじゃない。あの日から、彼女は姿を消した。僕は今もたまに、彼女と出会ったカラオケに独りで行く。あの子との再会を期待してだ。でも、会えない。彼女は今もどこか別の世界で、竜を狂わせる歌を歌っているのだろうか?
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