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「おい、どこに行くんだ」
「演奏ですよ。もう開演時間が過ぎていますから」
「まあいいか。よし、観客がごちゃごちゃ言いださなかったら、今日は奢ってやる」
早川さんは口角を上げてマスターを見ると、そのままステージのほうへ歩いて行ってしまった。
「マスター、いいんですか。まだバンドメンバーも揃っていないのに。もう少し待ってもいいんじゃ」
一人でどうするんだろうとマスターを見ても、慌てる様子はない。
「茅野たちには悪いが、どうせ今日の客の目当ては冬吾だからな。いいんじゃないか」
今夜はいつもより女性客が多い。つまり早川さんのファンばかりいうことなんだろうか。
ピアノ椅子に座った早川さんの横顔を見る女性たちの表情は、うっとりとしているようにも見える。
「それって、つまり見た目がいいからですか」
口に出してから、失礼な発言だと気づいた。しまったと口に手のひらを当てると、マスターが豪快に笑う。
「それもあるんだろうけどな。楓は冬吾のピアノを聴くのは初めてだったか。聴いたらわかるかもしれんぞ。それより調理台の上がいっぱいになるから、早くプレートを運んできてくれ」
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