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第1話
俺の名前はカール・ヒューゴー、現在24歳。
小さいながらも小麦を扱った小さな商会を経営している。1年前に子爵家令嬢と結婚し、憧れの貴族社会とも繋がりを持てた。
2歳年下の妻は従順で世間知らずのお嬢様だが、そこも俺にとっては魅力だった。
商会も軌道に乗り、プライベートも充実。まさに順風満帆な生活を送れていたといたと思っていたのに……ある日、俺は妻の部屋でとんでもない物を見つけてしまった。
――それは、5月のある日のこと。
「お帰りなさいませ、カール様」
仕事から帰宅した俺は、出迎えたメイドに尋ねた。
「エリザベスは今、どこにいる?」
エリザベスとは、俺の妻の名前だ。
「奥様でしたら本日から少しの間、御実家に戻られるそうです」
カバンを受け取ったメイドが無表情で答えた。彼女はエリザベスが実家から連れてきたメイドで、年齢は……確か45歳だった気がする。
「何だって? 実家に戻ったのか? 結婚して初めてのことじゃないか……理由は聞いているのか?」
「はい。大奥様が少し足首を捻ってしまい、数日間は歩くことが不自由なのでお世話をされに行かれました」
「そうだったのか? だが、小さな怪我なのだろう? それなのにわざわざ実家に戻ったというのか? ……あの屋敷には大勢、使用人だって働いているだろうに。世話をする者など大勢いるだろう? こっちは大事な話があったというのに……」
「……」
すると、メイドは何故か無言でじっと俺を見つめてきた。
「何だ? 何か言いたいことでもあるのか?」
「いいえ、何でもございません。すぐにお食事にされますか?」
「そうだな。空腹を感じていたところだったし……そうだ、ついでにスコット産のワインを食事時に出してもらおうか?」
するとまたしてもメイドは無言で俺を見つめてくる。
「一体、今度は何だ?」
「カール様。スコット産のワインは奥様の生まれ年に作られた特別なワインで、とても希少価値の高いものです。お飲みになられるときは、常に奥様と一緒と決められていたのではありませんか?」
「希少価値が高いと言っても、後残り5本はあるだろう? 1本位、開けたってかまわないじゃないか?」
何処か反抗的なメイドの態度に苛立ちを感じながら反論した。
「いいえ、それでもあのワインは奥様が持参されたものです。どうぞ今夜は他のワインになさって下さい」
「……なら、もういい。ワインは結構だ。その代わり、今夜は肉料理にしてくれ」
「はい、もう御用意致してございます。奥様より、自分が不在のときは、カール様のお好きな料理を作るように命じられておりますので」
「そうか? なかなかエリザベスは気が利くじゃないか」
エリザベスは、あまり肉料理が好きではない。彼女が好きなのはシーフード料理だった。そこで毎晩、肉と魚料理が交互に出されていたのだ。
それは、2人で苦手な食べ物を互いに克服しようと結婚時に取り決めたものだった。
「よし、それではカバンを頼んだぞ」
メイドに背を向けて歩き始めた時、背後から呼び止められた。
「カール様、どちらに行かれるのですか? カール様のお部屋は右側のお部屋ですよね? そちらは奥様のお部屋ですけれど?」
「そうだ、妻の部屋に用事があるからだ」
「奥様の不在中に、勝手にお部屋に入られるのですか?」
「別に構うことはないだろう? 何しろ俺達は夫婦なのだから」
何故、一介のメイドに自分の行動を管理されなければならないのだ?
「夫婦だろうと、節度は守られるべきでは無いでしょうか?」
「な、何だって? 大体……」
すると、俺の言葉を遮るようにメイドが言葉を続ける。
「お入りにならないほうが良いと思います。……入られれば、後悔なさるかもしれませんよ?」
意味深なメイドの言葉に思わず反応してしまった。
「ほう、何だ? その言い方は……妙に気になるじゃないか? まさか見られたらまずいものでも隠してあるのか?」
「……忠告はさせていただきましたので。では、失礼いたします」
まるで仮面を被ったかのような無表情メイドは一礼すると、去って行った。
「本当に、嫌な態度を取ってくれるな」
大体この屋敷で働く使用人達は、エリザベスが実家から連れてきた者たちばかりだったが気に入らない。彼女のことは「奥様」と呼ぶのに、未だに俺のことはカール様と名前で呼ぶのだから。
俺が貴族ではない、成り上がり者だからそんな態度を取るのだろうか?
「全く……」
ため息を付くと、エリザベスの部屋へ向かった。
そこで、俺はとんでもないものを目にすることになる――
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