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第2話
妻が不在だということで、ノックもせずにノブを回して中に入った。
部屋のランプは消えており、室内は暗い。さっそく明かりをつけるとエリザベスの文机に向かった。
「全く……金庫の鍵から、銀行の通帳まで妻が預かっているなんてどういう状況だ。いくらこれが結婚の条件だからといっても納得いかない。やっぱり婿に入る立場はそれだけ弱いってことなのか?」
ブツブツ愚痴をいいながら、引き出しを探る。
「何だ? 金庫の鍵も通帳まで無いじゃないか……いつもなら、ここから出してくれていたはずなのに……」
そこで嫌な予感がよぎる。
まさか、実家に帰る際に鍵も通帳も持っていったのだろうか? だがそこまでエリザベスの頭が切れるとは思えない。
「くそっ! きっと使用人の誰かが入れ知恵したに違いない……まさか、さっきのメイドの仕業か?」
能面のような無表情なメイドの顔を思い出す。そう言えば、先ほど気になる言葉も口にしていたし……。
「ん? 何だ、これは」
別の引き出しを開けた時、見たこともない書類が入っていることに気付いた。
「何の書類だ……?」
手に取り、ランプの下で書類を確認する。
「な、何だ? 離婚届だって……?」
あまりのことに驚いてしまった。
「離婚だって? まさかエリザベスがこの俺と……嘘だろう?」
幸い? なことにまだ離婚届には一切何も記されていない。だが、大切そうに引き出しに入れてあることが気がかりだった。
「一体、これは……」
そのとき。
「何をされているのですか? カール様」
「うわぁあああっ!?」
背後から突然声をかけられ、思わず声をあげてしまった。振り向くと、この屋敷の執事がじっと見つめている。
「な、何だ。執事だったのか……それより、いきなり後ろから声をかけるな! 驚いたじゃないか!」
「こちらは奥様のお部屋です。不在だったはずなのに扉は開かれ、部屋の明かりが灯されていたので、お声をかけさせていただきました。一体こちらで何をされていたのですか?」
執事は驚かせたことに謝罪せずに、尋ねてきた。
「エリザベスの部屋に用事があったから、訪ねただけだ。いちいち使用人たちにその事情を説明しなければならないのか?」
執事に離婚届を見られないように、引き出しに戻しながら反論する。
「それで、探しものは見つかりましたか?」
「お前には関係ない話だ」
「……左様でございますか。ところで、カール様。お食事の用意が整いましたので、ダイニングルームにお越しください」
「ああ、分かった」
執事が部屋を出ていったので、俺も後に続いた。
長い廊下を歩きながら、爪を噛む。
全くなんてことだ。鍵も通帳も無ければ、現金を手にすることが出来ないじゃないか。
明日は大事な用があるというのに……。
仕方ない、自分の金を使うしか無いか。
俺は心のなかで、ため息をついた――
その日の夕食はとても豪華な物だった。
テーブルの上に並べられた料理はどれも俺の好みの物ばかりだった。
「今夜は俺1人の食卓だっていうのに、いつにもまして随分と豪華だな?」
給仕をしているフットマンに声をかけた。
「はい、奥様から言われております。自分が不在時は、カール様の好きな料理だけを提供するようにと」
「そうか……エリザベスの口添えか」
肉料理を口に運びながら頷く。
何だ、やっぱりエリザベスは俺のことを考えてくれているじゃないか。通帳や鍵が無くなっていることは腑に落ちないし離婚届は気になるところだ。
だが、こうやって自分が不在にも関わらず、俺に気を使ってくれている。
きっと通帳や鍵が無くなっているのは使用人の入れ知恵に違いない。
離婚届が何故あったのかは不明だが……恐らく、俺のことを良く思わない使用人の仕業なのだろう。
何しろ、ここの使用人達はどうも俺を見下しているように見えるからだ。
だが、残念だったな。
エリザベスは俺にぞっこん惚れ込んでいるのだ。だから俺は彼女と結婚し、貴族の一員になれたのだから。
大丈夫、俺はうまくやっている。今も、この先だってずっと。
自分に言い聞かせながら、絶品料理を口にするのだった――
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