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01_スイスイとイルカは泳ぐ
コツコツと板書する音が教室に響く。
滝野 渚が解答を書いている音だ。それに小さく鼻歌が混じる。聞いたことがあるメロディ。レゲエだ。高校生の癖に渋い選択だ。
数学教師は「またか」という顔つきで苦笑い。おれの隣の標津 蓮は「相変わらず余裕だよな」とつぶやいた。
おれはただただ目を丸くする。
だってこれ、いちおう入試問題だよ?
マテマテだって「ちょっと気が抜けない問題だけど、まあ解いてみて」って、いかにも「ダメ元でやらせてみました」っていうふうに渚を当てたのに。
渚がチョークを置く。マテマテが黒板を眺める。
「はい、正解」
気だるくマテマテが手を叩いて渚はおれの前の席につく。ほんのり上気した顔だ。耳の上でひとつに結んだ髪がふわりと揺れている。
……くそう、かわいい。
数学の授業だけじゃなかった。
物理の授業でも、英語の授業でもそうだ。
渚はごく小さい声でハミングだ。頬には笑みでやってのける。
おれは単純に感心していたが、休み時間になると標津が、
「余裕ってやつですかね。渚はなんでもできるんだなあ」
とほかのクラスメイトと騒ぐくらいだ。
……ちょっと待て。下の名前呼び? そりゃおれだって呼んでいるけど、それは心の中だけのことで。そもそもおれは渚と挨拶くらいしかできていないけど。
モヤッとしたものの、標津たちの会話から、どうやら二人は同じ中学出身の間柄らしい。なんだ、よかった。
そんなふうに、おれは渚を「すごいやつだなあ」って思っていたんだけど──
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