0人が本棚に入れています
本棚に追加
かれこれ二十年来の付き合いである友人、Nさん。彼女は学生時代、ずっとバレーボール部に所属していた。中学と高校は特別強豪校というわけでもなかったが、チームの雰囲気が良くてとても楽しかったという。
「朝練もがんばってたなぁ。朝一番で身体を動かすからお腹すくでしょ? お昼までもたないって、先生に見つからないようにおにぎり食べたりしてね。それも楽しかったよ」
そんな青春真っ盛り、高校一年生の夏休みのことだ。その日も朝一番から部活に励んでいたとき、ふと耳をかすめたものがあった。
「なんかね、歌? だと思うんだけど。歌詞はなくて、メロディだけのやつ」
高く澄んだ、おそらく女性の声だ。それがどこからともなく、体育館の中まで響いてきていた。最初は合唱部かとも思ったが、よく聞けば声はひとつだけ。誰かがずっと、ソロで歌い続けているようだった。ただ不思議だったのは、
「その声ね、どうも聞こえる人と聞こえない人がいるみたいだった。気づかない子たちはそんなのしないよ、って変な顔してたっけ」
少々気にはなったものの、冷たい水の流れを思わせる綺麗な声だ。夏の暑いさなか、たまに耳に届くその歌が心地よくて、特に詮索もせずそっとしておいたらしい。そんな大らかさが彼女のよいところだ。
が、周りはそうもいかなかったようで。
「大会の前に合宿したときも、夜の練習中にやっぱり歌っててさ。そしたら聞こえる子たちが、肝試しがてら正体を確かめよう、って言いだして、元気よく出て行ってね。
十分もしないうちに真っ青になって帰ってきた」
……あの、それは一体。
「ん? なんかね、裏門を出てすぐの川の方からしてたっていうんだけど」
門から一歩出た瞬間、全員の耳元で低い声が響いたらしい。『いね』と。
「たぶん『去ね』だね。こっち来るなってことでしょって教えたら、それっきり確かめようって言わなくなっちゃった」
…………そりゃあそうだろう。
正体不明の歌い手はその後も不定期に出現し、結局彼女が引退する間際、三年の夏休みまで聞こえていたらしい。
「特にご利益とかはなかったけど、スポーツやってる割には全然ケガとかしなかったのが不思議だったなあ」
いや、それって立派に守られてるのでは?
今の後輩たちにも聞こえてるのかなあ、とあっけらかんと笑っている彼女に、相槌を打ちながら思った私だった。
最初のコメントを投稿しよう!