たっくんの夢の中

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たっくんの夢の中

 目を開けると、やたらカラフルな景色が広がっていた。 「なに……これ?」  森の中らしい。たぶん夢の中、もしくは異世界。そうでなければおかしい。  そのへんの木はクレヨンで描かれているし、飛んでるちょうちょはアニメーションだ。 「ホントになにこれ……」  ついついひとり言が出てしまう。これはかわいい我が子──たっくんのせいだ。たっくんは今4歳。言葉数が増えてきたし、私もたくさん言葉を教えようとするあまり、最近は実況中継のようにあれこれしゃべってしまう。  そこまで考えてピン、ときた。 「これ、もしかしてたっくんの夢の中かな?」  草もクレヨンで描かれている。ぎざぎざした形で、たっくんが描く絵に似ている。今ぴょんぴょん跳ねて行ったうさぎはやけにリアルで、それは先日動物園でさわったからだと思う。  見上げるとオレンジの太陽も浮かんでいた。  これもたっくんの絵だろう。丸のまわりに太陽の光を表す線が何本もあった。全体的に明るいのは、画用紙の余白のように白い空間があるからだ。 「めちゃくちゃメルヘンな世界だな……」  少し先に茶色いクレヨンの道があって、森の奥へと続いていた。私は歩き出す。  なんとなく、この道の先にたっくんがいる気がした。 「ん、でもたっくんの夢だとして、なんで私は入れたんだろ? 『夢でも会いたい』とかだったら嬉しいけど……。たっくんに会えたら聞いてみよう」  笑顔が描かれた花が揺れる。たまにボールがころころと転がっていく。平和な光景だ。 「それにしても、もっとマシな服装なかったのかな……」  私の服装はTシャツにUVカットのアームカバー、そしてジーパン。休日にたっくんとよく公園に行くから、その格好だ。メルヘンな世界観に合わせてもっと可愛いワンピースがよかったのに。 「まぁ一番見てるのがこの服か……動きやすいからいいけど……」     今度からたっくんの前でもおしゃれしよう、なんて思っている間に、大きな広場にたどり着いた。  広場の真ん中には家があった。おかしの家だ。壁はクッキー。マーブルチョコレートがくっついている。屋根はチョコレート。んまい棒が煙突がわりになっている。 「わぁ……!」  十年前なら胸をときめかせていたけど。 「これ今食べたら絶対甘さで『ウッ』てなるやつだ……」  パフェに入っているコーンフレークが救世主に思えるくらい、甘い物で胸やけがする年になってしまった。せめてコーヒーが欲しい、けれども今はそんなこと考えている場合ではない。  中からガサゴソと人の気配がする。なぜだかそれがたっくんだ、という確信があった。 「たっくん!」   勢いよくドアを開ける。  たっくんが、ウエハースのテーブルにかじりついていた。 「なにしてるの!」  たっくんはびくっとして動きを止めた。  なんてことだろう。私はめまいを覚えた。おかしの家──六畳間くらいの大きさの中は、たっくんがかじりついた跡でいっぱいだ。屋根も半分ほど欠けて、空が見えている。こんな、おかしばっかり。 「まま……」  当のたっくんは、おなかがまんまるになっていた。口の周りにお菓子の食べかすをつけてきょとんとしていた。目が泳いで、(やばい、おこられる)という表情をした。あわてて口元をぬぐう。  それを見て、反射的に言ってしまった。 「こら! そんなにおかしばっかり食べてたら、おなか、ぱーん! ってなっちゃうよ」  たっくんの大きい目がうるんで、みるみるうちに涙があふれ出す。 「うわあああーん!!」  たっくんは泣き出した。おまけに、おなかがどんどんふくらんでいく。すぐに風船みたいになってしまった。 「たっくん!」  しまった、ついいつものくせで言い過ぎた。  でももう遅い。 「たっくん、おかしたくさんたべちゃった……おなかぱーんなっちゃう!」  次の瞬間。たっくんの体がふわり、と浮かんだ。  そしてたっくんは、屋根の穴から空へと飛んでいった。
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