頼りない案内人

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頼りない案内人

「たっくん!!」  私はお菓子の家から出て、たっくんを追った。風船になったたっくんは今、地上6メートルくらいのところをふわふわと飛んでいる。時折見上げながら、追いかける。たっくんはゆっくり回転しながら飛んでいくけれど、そんなにスピードは出ていない。歩く速度くらいだ。  たまに「えーんえーん!」と泣いている指の隙間からこっちを見ている気配がする。泣く時はいつもそうなのだ。許されないか待っている。いじらしい。 「あーもう……」  言い過ぎた。自分で自分が嫌になる。ここはあの子の夢の中なんだ。そこでくらい、好き勝手させてもいいじゃないの。  もっと気持ちに余裕があれば、「おかしの家、すごいね!」って言えた。だけど今週はイライラすることが多くて……たっくんには関係ないことだけども。 「とはいえ、機械みたいに切り替えられないのよね……」  はぁ、とため息をつく。   「おなかぱーん」は、たっくんがおかしばっかりねだるので、「食べ過ぎちゃだめだよ」とわかりやすく伝えようと思って考えた表現だ。おかしを全部禁止にするのもよくないし、「甘い物ばっかり食べたら虫歯になるよ」と言って虫歯の絵本を読み聞かせた時は「むしばこわい」と夜おふとんにくるまってガタガタふるえておねしょした。  そう、たっくんは怖がりなのだ。 「きっと父親譲りよね……」    空をただようたっくんに向かって、「たっくん、おりておいでよー!」と叫ぶ。 「おりかたわかんないー」 「夢の中なんだから、どうにかなるでしょー」 「やだー! まま、おこってるー!」 「怒ってないよー!」  しかし私の「怒ってないよ」には信用がないせいか、たっくんはみじんも降りてくる気配がない。どうしたものか。  上を見上げて必死に呼びかけていた私は、木の影から飛び出してきた人に気づかなかった。 「わぁ!」  どすん! と尻もちをついた……のは相手の方で、私はびくともしなかった。 「ご、ごめんなさい……」 「なんだ陸くんか」  木の影から現れたのは私の夫、そしてたっくんのパパである陸くんだった。いつにもましておどおどしている。理由はすぐ思い出せた。  それは月曜日のこと。  先週から様子がおかしいと思って問い詰めたら、会社の人に誘われてパチンコに行っていたことを白状した。しかも3万負けたことを黙っていた。私は陸くんをフローリングの床に正座させて本気で説教した。  陸くんは心からの謝罪をしてきた。もちろん許したけど、一つ誤算があった。  寝ていたはずのたっくんが私の声に起き出して、ドアの隙間から様子をうかがっていたのだ。あれから心配そうな顔で「まま、ぱぱにやさしくしてね?」などと言われるようになってしまった。日頃仲良しの姿しか見せてないからよっぽどショックだったらしい。  それが夢に反映されてるんだろうなぁ。
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