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 「だから、平気です。同居人に傘持ってきてもらうし。」  女かな、と思った。でも、同居人、という言い方には何となく違和感があったので、何気なく訊いてみた。  「女?」  「……男、です。」  「そう。」  別段、意味のない質問だったと、佐原は今でも思う。そのときはまだ、自分は嫉妬とかいう感情とは全くの無関係だと思っていたし、そもそも男であってもそいつが彬の心に食い込んでいるのは確かなことなのだ。  「どっか、行かない? 仕事終わったんでしょ?」  ナンパみたいなことをしたのは、生まれて初めてだった。佐原はこれまで、来るもの拒まず去る者追わずの恋愛スタイルを貫いてきていたし、それを乱すほどのなにかに出会ったことだってなかった。だから、出てきた台詞に自分でも驚いたくらいだったのだ。対する彬は、別に動じたそぶりは見せなかった。男女問わず、彼に声をかける人間はいるのだろう。そういう雰囲気が彼にはあった。  「飯、おごるよ。腹減ってない?」  付け加えた台詞は、逆にがっついた感じになってしまっただろうか。佐原は苦笑し、ごめん、と彼の肩を叩いて一人で店を出ようとした。更なる醜態をさらしそうな自分が怖くなったのだ。けれど、その手を彬が掴んだ。  「いいですよ。」  腹、減ってるから。  彬は笑っていた。びびって退いた佐原を、あざ笑うみたいに。  まじ。  頭の中ではそう思ったけれど、これ以上笑われるのはしゃくだった。あたかも彬の反応を予想していたみたいな顔をして、近場の焼肉屋に入った。はたちそこそこだろう青年の腹を満たすには焼肉だろう、と、単純に思ったのだ。  彬は、よく食べたしよく飲んだ。テーブル越しに向き合った佐原になんの興味も示さずに、ひたすらに肉と米とビールを口に放り込んでいった。佐原はその姿をなんとなく意外に感じつつ、肉を食い、ビールを啜った。彬くらいの年齢の頃は、焼肉に米は必須だったな、と思いながら。  焼肉を食っている最中から、テーブルに無防備に置かれた彬のスマホは震えていた。  「いいの?」  訊くと、彬は肩をすくめた。  「同居人。用があるわけじゃないから。」  用がなくて、男が男にこんなに電話をかけてくるものか、と、佐原は疑問に思いはしたが、それ以上スマホの振動については触れなかった。今思えば、彬が気を変えて電話に出て、そのまま帰って行くのが嫌だったのかもしれない。
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