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 そこそこ混雑した改札を抜け、丁度ホームに滑り込んできた電車に、佐原は彬に引っ張られて乗り込んだ。もう、相方が追いかけてくる気配はない。  「いいのか?」  電車のドアが閉まると同時に、半ば突き飛ばすみたいに腕を離された佐原は、彬の顔を覗き込んだ。  さよなら、健吾。  たったそれだけの言葉で吹っ切れるほど、彬の慕情は薄くはなかったはずだ。  「なにが?」  佐原から顔をそむけながら、噛みつくみたいに彬が返した。そこに含まれる苛立ちと冷たさは、なんというか、いつもの彬のもので、佐原は噛みつかれつつも内心安堵した。ここで泣かれでもしたら、言葉が見つからなかった。はじめて見た彬の相方の顔は頭を離れないし、二人を引き離したいのは佐原の醜い欲望だし、彬の辛さも少しは分かるつもりだし。  「……相方。話し合えば、戻れなくもないと思うぞ。」  戻る、と言うのがどの程度を意味するかにもよるけど、と、佐原は口の中だけで呟いた。人間の感情だ、一度ついた折り目は完全には伸ばせない。でも、その折り目から目をそらして、なかったことみたいにして生活することは、多分できる。相方も、それを望んでいるようではあった。  くすり、と彬が、形の整った唇で微かに笑った。  「そんなの、俺が耐えられないよ。」  言ったろ、これ以上傷つきたくないって。  彬はそう言って、佐原から完全に目をそらし、車窓の外に視線を流した。夏の夕方が、薄水色をして窓の外を流れていく、  佐原は、彬の常よりなお白い顔から目をそらせないまま、言葉を探した。彬を、慰める言葉。彼の過敏な神経を包み込んで、少しでも楽にしてやれる言葉。探してみると、案外それは、するすると口から出てきた。  「俺の勤め先な、地方にも支部がある。もし俺が、そっち行くって言ったら、お前、ついてくる? お前、物理的に相方から離れた方が良いと思うよ。帰れるところもないなら、ついてこいよ。これ以上、傷つきたくないんだろ。」  驚いたように、彬が窓の外から佐原に視線を移した。佐原は意識的に唇を笑わせ、言葉を繋げた。  「お前は俺のことどうでもいいんだから、俺に傷つけられたりはしないだろ。だから、しばらく二人で。嫌になったり、俺以外の誰かと生きていきたくなったら、そのときは出ていけばいいよ。」
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