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 なにか、卑猥な言葉を投げつけてやろうかと思った。隣にいるのであろう同居人とやらも無視できないような。そう、例えばさっきまでのセックス中の彬の様子でも。痙攣していた白い腿や、女みたいに高く鳴いていた、仰け反る喉が脳裏に過ぎる。いくらでも、言葉は出てきそうだった。  それなのに、口をついて出たのは、ありきたりな言葉ばかり。  「次、いつ暇?」  『……当分暇じゃないです。』  「いつ暇になる?」  『……ずっと忙しいです。』  「飯、食うだけ。こっち持ち。」  『……火曜。』  火曜は、彬がバイトしている喫茶店の店休日だ。佐原はどうせ、仕事なんか適当にさぼっている。いつだって、時間は作れた。結局、彬はすぐに家に帰って行くのだし。  そう思うと、やっぱり、指先がじりじりと焼けた。これは、嫉妬だ。これまで経験したことがなかった感情すぎて、治めかたもよく分からない。  「ほんとに、飯だけで帰る?」  隣の同居人にも聞こえているのだろうか。せめて爪痕を残しない、だなんて、情けない。  『……帰ります。』  嘘だ、と思う。彬は火曜日、ホテルについてくる。いくらなんでも、性欲面だけだって、自分が同居人とやらの身代わりになれるとは思っていない。それでも、いつだって冷たい彬にも持て余している感情はあって、その発散に佐原は都合がいいのだろう。少なくとも、今のところは。  それでも佐原は、嘘だろ、などと言いつのれはしない。彬には嘘をついているつもりはないのだろうし、追い詰めれば彬は逃げる。警戒心の強い猫みたいに。バイト先を辞め、ラインをブロックされたら、佐原にはもう、彬を追うすべはない。それは、怖かった。  「じゃあ、火曜な。」  『……はい。』  通話は向こうから、ぷつんと切れた。  スマホをポケットに押し込み、駅に向かって歩き続けながら、佐原は思わず苦笑いする。  大人気のないことをした。でも、彬だって、わざわざ電話に出たりしなくてもいいのに。佐原からの電話なんて、無視すればいいのに。というか、いつものあの態度なら、無視されると思うのが当然だろう。それなのに、妙な律義さを見せてくるから、こっちも変に期待してしまう。  今頃俺は、同居人氏に、厄介なバイト先の先輩とかなんとか言い訳されているのだろう、と思うといくらでも笑えた。  
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