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 だから彬が犯した大きな罪は、男と寝たことなんかじゃなくて、健吾をここまで連れてきたことだ。  高2になって、お互い進路を考え始めたころ、健吾がうっすら、上京したいな、と思っていることに、彬は気が付いていた。本当にうっすら、子どもが遊園地に憧れるみたいな気持ちで。だって、健吾は地元の工務店の一人息子で、地元に残ることを望まれていたし、健吾自身だってそのことを知っていた。だから、あくまでも憧れは憧れだったのだ。それを彬が、増幅させた。上京したいな、なんて健吾に言ってみて、上京後の生活をあれこれ思い描いて見せた。健吾の憧れが、具体性を帯びるように。  高校の裏庭で飯を食いながら、毎日のように描いた東京暮らしが、健吾を揺さぶっている。その手ごたえはあった。高3になり、周りが進路を固め終わったころ、健吾は親をなんとか説得し、上京を決めた。彬は親なんかいないようなものなので、勝手に荷物をまとめた。  彬は、健吾に、彬しかいない世界に行ってほしかった。彬しか知り合いがいなくて、彬しか頼れない、そんな世界に。健吾はいつも、周りに人がいた。彬と二人で飯を食っているときも、健吾に声をかけて行くやつは大勢いた。その誰もが、いない世界に行ってほしかった。だから、上京なんて。  そのことに、ずっと罪悪感を感じているのは確かなのに、健吾が東京で新しい人間関係を築いていくことに、焦燥感を感じるようになった。健吾が楽しそうに話す、バイト先友人たちの話。聞くたびに胸にもやもやがつのった。  そして、親からの電話。健吾は必ずベランダで親からの電話に出るから、話の内容を聞いたわけじゃない。でも、部屋に戻ってくる健吾の表情で分かる。健吾は、帰郷を求められている。上京して、もう二年半。そろそろ戻ってこいと。  そのもやもやがピークに達して、もう爆発しそうだな、というときに、おっさんに声をかけられた。勢いでホテルまでついて行って、セックスした。  『飯、おごるよ。腹減ってない?』  手慣れた感じの誘いだった。いかにも遊びなれていそうな男だった。だから、勢いで誘いに乗ってみようと思った。もしかしたら、罪悪感なんて感じなくなるのではないかと思った。そんなふうに、自暴自棄になって妙なことをする自分が笑えた。  分かっている。こんなことをしても、罪悪感が消えるわけではないし、健吾が彬しかいない世界に落ちて来てくれるわけでもない。でも、彬の世界には、もうずっと、健吾しかいないから。
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