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先日、東京に雨が降った日の夕方。
会社からの帰り道に、私は綺麗な巾着を見つけた。
古くなった着物の切れ端ででも作ったのだろうか――大変上質な布地で作られたそれは、紅の地に白い梅の模様がよく映えた美しい巾着だった。
それが歩道に打ち捨てられ、雨にずぶ濡れになっているのを見て、何とも物悲しい気持ちになった私は、つい、それに手を伸ばす。
手のひらにおさまる位のサイズの小さな巾着。
私は惹きつけられる様にその巾着を鞄にしまうと、帰路につく。
そうして、家についた私は、早速ずぶ濡れの巾着の洗濯を始めた。
その後、巾着を乾かしている間に食事を摂ると、入浴等を済ませる私。
私は巾着が乾燥しているのを確かめると、それをベッドサイドに置いて眠りについた。
その後――私が布団に入ってから、どれ程の時間が経った頃だろう。
眠りについていた私の耳に、奇妙な物音が届く。
それは、ザリッ、ザリッというまるで何かが這う様な物音だった。
その音が気になり、うっすら目を開けると、辺りを見回してみる私。
すると、その音は私の部屋のドアの近くから聞こえてきている様だった。
枕元にあったスマホを手に取ると、ドアの方を照らしてみる私。
と、スマホのライトに映し出されたモノを見て、私は思わず絶叫した。
なんと、着物を着た女性らしき人影が、地面を這う様にして此方に近付いて来ているのだ。
長い黒髪を振り乱し、進む度に床に顔をつけながら、私の方へと向かって来ようとしている女。
「ナイヨォォォ、ナイヨォォォ」
半ば唸る様にそう言いながら、女性は下を向いていた顔を此方に向ける。
その顔には――両目が無かった。
本来人間の目がある筈の部分にはぽっかりと黒い空洞が鎮座していたのだ。
「ナイヨォォォ、ナイヨォォォ」
目が見えないから匂いを嗅いでいるのだろうか……女性は再度顔を伏せると、床を嗅ぐ様にしながら此方に近付いてくる。
と、そこで私は『ある事』に気が付いた。
女性が着ている着物の柄が、拾った巾着と同じ柄なのである。
もしや、この巾着はあの女性の物だったのではないか。
そうして、女性はこの巾着を探しに来ているのでは?
そう考えた私は、ベッドサイドの巾着を掴むと、全力で女性の方に放り投げた。
巾着が宙を舞う瞬間、ほんのりと華やかな香りが私の鼻を掠める。
拾った時には気づかなかったが――梅の香りだろうか。
どうやらそれは、巾着自体から香っている様で……恐らく、巾着の布自体に香水でも染み込ませてあったのだろう。
女性はその香りを頼りに四肢をぎこちなく動かすと、這いずる様にしながら巾着の元へと向かった。
そして、その巾着を大切そうに抱き締めると、ゆっくり消えていく女性。
気付くと、放り投げた巾着も、いつの間にか無くなっていた。
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