シュロの手

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 私が通っていた小学校のプールの周りには、ぐるりと取り囲む様にシュロの木が沢山植えられていた。  プールは校庭の隅にあり、直ぐ隣には外部の歩道があった為、歩道を歩く人から生徒達が見えない様に、という配慮で植えられたものだったらしい。  さて、小学生だった当時、私には敏志(さとし)くんと言う友人がいた。  彼は、ご両親が離婚し、お父さんに連れられる形で、私たちの暮らす街にやって来た様だ。  ちなみに、離婚の原因はお母さんの浮気らしい。  こうして、お父さんの郷里でもあるこの街で、敏志君はお父さんと2人で暮らし始めた。  だが、浮気はしても子供は恋しいのか――離婚した母親が、敏志君の学校の周りに現れる様になったのだ。  最初は敏志君を見ているだけだったが、母親の行動は次第にエスカレートし、ある日、敏志君を連れ去ろうとしたらしい。  事態を重くみた父親は、母親に対し、敏志君への接近禁止命令をとった。  翌日、母親は首を吊ってそのまま亡くなってしまったそうだ。  が、それから数ヶ月経ったある夏の日。  プールの授業の最中、自由時間に皆で遊んでいると、不意に敏志君の顔色が変化していた。  同時に敏志君はまるで、何かから逃れる様にバタバタと暴れ出す。  一緒にいた私達が慌てて水面に顔を出すと――。  なんと、プールを囲むシュロの木――その全ての葉が、白くしなやかな……まるで女性のものの様な手となるや、敏志君の方へと伸び、彼を掴んで、どこかに連れ去ろうとしているのだ。  枝部が腕、葉は指となり、まるで人間の手の様に変化して、敏志君を掴むシュロ。  しかも、その手は子供にしか見えていないらしく。  監視役の先生達は、 「こら、木を掴むな!折れたら危ないぞ!」  と、的外れな注意をしてくる。 (捕まったら大変なことになる!)  そう考えた私達は、必死にシュロの手を敏志君から外し、彼を解放しようとした。  10人がかりで、10分以上はかかっただろうか。  やっとシュロから解放された敏志君の両腕には、絡みつかれた時に出来たのであろう――真っ赤な傷跡が無数に残っていた。  その傷跡は、葉でついた切り傷にも、人間の爪でついた引っ掻き傷の様にも見えた。
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