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宇宙は広い。多分物凄く。それがどのくらい広いか。果てはあるのか。などの天文学的知識には、僕は全く興味がない。ただ本能的に宇宙はとてつもなく広いということだけは何となく分かる。
そんなことを日々考えている科学者の頭って、多分僕たちとは構造からして違う。もう生まれた時から違う。そういう人たちは宇宙のことを勉強するために生まれてきたギフテットだから。本当にありがとうという労いの気持ちでしかない。
地球の多くの謎は未だ解明されていない。進化論だってそうだ。この先どんな新たな発見があるか分からない。それによって今までの仮説が覆されることだってある。そのたびに自分たちはちっぽけだと思う。結局、地球という丸くて蒼い星のことを、僕ら人類は100億分の1も解明できていないのだろう。
それでも化学は留まることなく進歩している。時の流れに比例して。2073年の今、『人間が想像できることは現実化できる』という言葉通り、頭で思い描いた想像の世界が今目の前に広がっている。不思議なのだが、想像している時はまさかそんなことが現実に? と思ったりしたが、意外とその想像はゆっくりと現実化していき、知らぬ間に僕たちに浸透していた。だからこれといって「凄い!」という驚きに満ちた未来というわけでもない。でも、強いて言えば、車が空を飛んでいる。癌を飲み薬で治療できるとかは、だいぶ時間がかかったけど、わりと「凄い!」に値するものかもしれない。ただ、それ以上に、非常にややこしくて面倒なことが可能となってしまったことは否めない。
それと、あまり現実化してほしくないことではあったが、AIに仕事を奪われることも想像通りだった。でも、人口が劇的に減っているから、意外とプラスマイナスゼロでそれほどの危機感はない。
2030年までに解決しようと謳っていた持続可能な社会を目指す開発目標も、結局解決されないまま形を変えてまだ続いている。
科学は進んでも、僕たち人間が我儘にならず、人にも環境にもやさしく生きることはどうしてこうも難しいのだろう。それだけが科学の進歩と反比例している。全く皮肉なものだ。
僕は父親が勝手に決めた、人里離れた山の中にある大学の寄宿舎に入れられている。しかもこの大学は何故か男しかいない。もう一度言う。男しかいないのだ。人生の一番キラキラした時代に、男しかいない寄宿舎に息子を入れる父親の神経を、僕は心の底から疑う。そりゃ、僕の父親は宇宙開発機構で理事長を務めている、超が十個付くほどのエリートだが、僕は父の期待とは裏腹に、宇宙に全く興味がない。それよりか僕は、幼いころから映画監督になりたかった。特に1900年代後半から2000年代前半にかけての映画が大好きだ。でも、父親はそんな僕の夢を全く認めてくれない。『いずれこの世から表現者などいなくなる。AIに取って代わるからな』と、僕を蔑むように見つめそう言い放つ。
信じられない。AIに何ができるというのだ。人間の繊細な心の機微をAIが表現できるわけがない。表現をしたいのは人間の本能だ。この人間らしい欲求をまるで忌み嫌うかのような父親の態度に、僕の心はひどく傷ついた。この人は頭が良すぎるせいで完全に頭がイカレテイル。自分自身がAIなマッドサイエンティストみたいだ。わが父親ながら本当に残念すぎる。
どうしてこんな父親から僕みたいなまともな人間が生まれたのだろう。僕は、父親に顔も性格も似ていない。母親は僕が3歳の時に病気で死んでしまった。だから母親との記憶が僕にはない。写真で見る母親は美しく、大人になった僕にとても似ている。写真が確実に証明している。僕は確実に母親似だ。やった! ただ、余りにも自分は女顔過ぎて、できれば顔だけは男らしい父親に似たかったと思っていることは、死んでも父親には言わない。
母親は若くして亡くなった。医療は確実に進歩しているから、昔に比べたら、格段に多くの命を救えているのは事実だ。でも、その当時、母親の難病への根治薬は存在しておらず、母親は苦しみながら命を落としたと聞いている。
もしかしたら父親が異常にAIに傾倒しているのは、母親の死がきっかけなのだろうか。父親は、母親のように難病で命を落とす人間がこの世から完全にいなくなることを望み、そのためにAIが創薬に与える力を信じたいのかもしれない。AIが創薬に与える力は、近年加速度的に飛躍しているし。なんて、それはないだろう。あの人は生まれつき頭がおかしいから。そんな考えは、残念な父親に少しでも人間的な部分を見つけたいという、僕の希望的観測だ。
どうして、僕はこんな辺鄙な寄宿舎の籠の鳥でいなければならないのだろう。父親はここに僕を閉じ込めて、息子が良からぬことをしないように監視している。僕は大学2年生だが、父親は勝手に僕をこの大学に押し込んだ。この大学は、父親が理事長を務めている宇宙開発機構、その名も『天翔』というひどくダサい名前の組織が作った大学で、すべての学生が卒業と同時に『天翔』で働くというシステムになっている。最悪なことに父親はこの大学の学長も兼ねている。
なぜ父親はここまでして僕を監視したいのだろう。そんなに僕を映画監督にさせたくないのだろうか?
僕は、表向きは天翔の大学で全く興味のない宇宙工学をそつなく学んでいるが、実はこっそり映画監督になるための下準備をしている。少しでも時間が空くと、自分が監督をする映画の脚本を考えたり、たくさんの映画を見てはカメラワークを研究したり、ショートムービーを友人の手を借りながら撮ったりしている。本当は専門の学校に通いながら、もっと体系的かつ専門的なことを学びたかったが、それが叶わないのだから、こうやって自己流に近いやり方で学ぶしかない。
今日いきなり僕は父親に呼び出された。そして僕は衝撃的なことを言い渡された。もう泣きたい。本当に心の底から泣きたいと思ったのは、僕の人生で、これが二度目だ。一度目はこの大学に押し込められた時だ。
父親は僕にこう言った。
「一週間後に、お前のルームメイトがアルキロス星から留学生としてやって来る。仲良くするように」
「……へ?」
僕は言葉を失った。僕は今、一人部屋を使っているのに、なんで急にルームメイトが必要になるのだ? 僕にとって唯一独りになれる個室での時間をなぜ奪おうとする? 自分の夢を叶えるためにその時間を使っているというのに?
頭の中から溢れる疑問符に、僕の頭はパンクしそうになった。
「あの……おしゃっている意味が分かりません。なぜ急にそのようなことになるのでしょうか?」
僕は父親の機嫌を損ねぬようバカ丁寧にそう言った。内心では、クソだの、アホだの、イカレ野郎だのと、とても肉親に向けて使うには相応しくない罵声を浴びせている。
「アルキロス星の彼が地球人のことを深く知りたいのだそうだ。それなら同室の方がより距離が縮まり、急速に仲を深められるだろう?」
「で、でもそれなら僕ではない人間の方が適役です。僕は、愛想はないし、無口だし、もっとこう明るくてフレンドリーな人間の方が……あっ、僕の友人の竹ノ内照(たけのうちてる)の方が向いています!」
僕は幼馴染の名前を出した。彼のあの好奇心旺盛な能天気さなら、どんな宇宙人にも素早く順応できるに違いない。
「そうです! それがいい。今すぐに僕から彼に連絡をしてみます。彼なら二つ返事で了解しますよ。ね、善は急げというじゃないですか!」
僕はもう、若干おかしなテンションになりながら元気よくそう言った。
「いや、それには及ばぬ。もう決めたことだからな」
「き、決めたことって……僕にはそれに逆らう権利はないのですか?」
「当たり前だ。この大学では、学長である私が最高権力者だ。学長の決めたことに逆らうなど断じて許されない。たとえ息子だとしても例外はありえない」
「そ、そんなぁーーー!!」
僕は学長室の床に膝から崩れ落ちた。
「今のうちに部屋を出る準備をするように。今回は、特別にかなり豪華な二人部屋を設けたから楽しみにしておけ。留学生としてここに来る宇宙人は、星賓クラスの人物だ。失礼をしてはいけないからな」
星賓クラスって何だよ! なんでそんな奴が日本に来るんだよ!!
僕は心の中でその言葉を爆発させながら、父親をこれでもかと下から強く睨み上げた。
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