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 覚悟を決めたはずなのに、バカみたいに緊張している自分が本当に嫌いだ。僕はさっきから、自分の部屋にあるアンティークな壁掛け時計を何度もチラ見している。  指定した時間まであと十分……。  時計を見るたび、トクトクと脈を打つ心臓を鎮めようと、僕はさっきからバカみたいに何度も深呼吸をしている。  潔く答えを出すと言った強気の自分はどこへ行ったのだろう。実際今から、『僕は二人とも好きだから、どちらかを選べない』と伝えることに迷いはない。ただ、その気持ちを二人が受け入れてくれる保障はない。もしかしたらこの選択は、二人を深く失望させ、僕を好きだという感情すらなかったことにさせてしまうかもしれない。でも、僕はそのリスクを承知で、自分に正直に、本当の気持ちを伝えなければならない。それが、僕を好きなってくれた二人への誠意だと思いたいから。だから僕はもう一度強く覚悟をする。二人が僕に失望し、僕から離れてしまうことも。そして、二人が僕の気持ちを受け入れ、三人で一つに繋がることも。  でも、正直後者の方がもっと覚悟がいる。実際、三人で繋がるとはどういうことなのか。僕は二人を同じくらい好きだが、照とヴァレリオの関係はライバルに近い。そんな二人が三人で一つなどという感覚になれるわけがないだろう。これはもう僕の完全な独りよがりで、浅はかさがとてつもなく半端ないということになる。   それに確か、僕たちの約束事には、『僕は決めた相手と必ず体を繋げる』という信じられない条件が付いていたはずだ……。   この約束は今も生きているのだろうか? もう今更、撤回はできないのだろうか?   僕は、混乱する頭でもう一度時計を見ると、ちょうど九時五分前を針が指している。  昨日僕が溺れた後、徳田が慌てて僕を診察してくれた。でも、特に異常はないと判断し、夏バテもあるかもしれないと栄養剤を打ってくれたから、僕は今、普段以上に元気だ。でももし、そんな行為に及ぶようなことになったら、僕の体は本当に大丈夫なのだろうか。   僕は頭の中に広がるふしだらな妄想を、慌ててかき消した。  その時、部屋の中に『コンコン』という高らかなノックの音が鳴り響いた。  わっ、誰?!   僕はビクッと体を震わすと、ベッドの端に腰かけていた体を、直立にして立ち上がった。  僕は手と足が同時に動くような無様さでドアまで近づくと、ドアノブにゆっくりと手をかけた。その時、自分の手が小刻みに震えていることに気づいた。僕はそんな自分に苛立ちながら、緊張で息すらもうまく吸えない状態で、何とかドアを開けた。 「摩央……来たよ」  扉の向こうには、爽やかな白いティーシャツと紺色の膝上の短パンを履いた照が立っていた。シャワーを済ませてきたのか、照からはほんのりと石鹸の良い香りがする。髪はタオルドライをしただけみたいで、しっとりと濡れた髪が、照の頭をセクシーに覆っている。  あーもう、今日も本当にかっこいい……。  僕は思わずそう声に出して言ってしまいそうで、慌てて自分の口元に手を翳した。 「ま、待ってたよ。照……入って」  僕は赤らむ顔を照に気づかれたくなくて、斜め下を向きながらそう言った。 「……ヴァレリオは? いる? 俺の方が早かった?」  部屋に入るなり、照は僕の部屋を素早く見渡しながらそう言った。 「いや、まだ来てないよ……でも、来てくれるかな。あの時、ヴァレリオが何て言ったか僕には聞こえなかったから」 「俺には聞こえたよ……多分あいつは……来ないな」 「……え? うそ……じゃあ、ヴァレリオはあの時何て言ったの?」  僕は驚いて照に詰め寄る。来てくれなければ困る。僕はちゃんとヴァレリオに好きだと伝えたい。ヴァレリオが自分を責めるような感情のままでいさせることは絶対にしたくない。 「……嘘だよ」  「はあ?」  僕はその言葉に、項垂れていた頭を勢いよく上げた。 「なっ、嘘なんて、そんな冗談やめろよ」  僕はホッとしたように脱力しながらベッドに腰かけた。 「はあ、もう俺、聞く前から答え分かっちゃったよ……ひどいよなあ、摩央は」 「え?」 「……ヴァレリオはあの時さ、小っちゃい声で『分かった』って言ったんだよ。正直俺は『まじかよ』って思ったけど……」 「照……」   僕は照にどんな言葉を返せば良いか分からなくなる。この浅はかで独りよがりな自分の行動をどう弁明すれば良いか、言葉が上手く見つからない。 「……何も言うな。ただ、そうと決めたからには、ちゃんと体で証明してもらうからな。摩央、覚悟できてるか?」 「体……」 「そうだよ。約束覚えてるだろう?」   照はそう言うと、ベッドに座っている僕の脇に腰かける。僅かに自分の体が照の方に傾き、照の腕と自分の腕が触れ合う。 「て、照……何考えてるの?」  僕は体を硬直させながらそう問いかけた。 「俺もだいぶ覚悟要るんだぜ? 3Pなんてしたことないし」 「さ、さ、さ、3P!!!」  僕は照から出た言葉に驚愕し、思わず人生で絶対に使うことのない言葉を、高らかに叫んでしまう。 「あれ? 違うか? でも、そういうことだろう?」  照は複雑な表情を浮かべながら僕を見つめる。  そうだ。単純に言えばそういうことなのだろう。でも、それは常識的に考えて、とても背徳的な許されない行為ではないのだろうか。僕は自分で決めたことなのに、自分でもそうなることを薄々予感していたのに、急に心に迷いが生まれ始める。 「……俺も考えたんだ。色々と。あの小屋で摩央と話をした時、多分、摩央は俺たちのどっちかを選べないんだろうなって気づいたんだ。だから俺は、ヴァレリオを嫌いになりたくないって思うようになったんだ。摩央が好きなヴァレリオを俺も好きになろうって……俺はすぐにヴァレリオにそんな自分の気持ちを伝えたんだよ。そしたらヴァレリオさ、『俺には無理だ』って……やっぱあの宇宙人マジで嫌い」  照は身振り手振りを加えながら、感情的に話している。僕は照の気持ちを聞いて、照は自分が思う以上にめちゃくちゃかっこいい男だということに衝撃を受ける。 「ああ、そうだ。俺も嫌いだ……」  その時、目の前で聞き覚えのある声がした。ふと視線を正面に向けると、そこには、初めて会った時に着ていた、あの軍服の夏バージョンみたいな恰好をしたヴァレリオが立っていた。久しぶりに見たその精悍な姿に、僕は不覚にも数秒間目を奪われた。  「おーい、脅かすなよ。お前はテレポテーションもできるのかよ。このクソ宇宙人」  照の声に驚き、僕はハッと我に返った、照はそんな僕を見つめながらベッドから立ち上がると、ヴァレリオに近づいた。 「流石にそれは無理だ。お前たちが俺に気づかなかっただけだ」  ヴァレリオは澄ました顔でそう言うと、照と真正面から向かい合う。 「ふん、俺を嫌いだって? 俺がどんな気持ちでああ言ったと思う? 本当は死ぬほど嫌だったよ!」  照はヴァレリオに顔を近づけながら、興奮気味にそう叫ぶ。ヴァレリオは冷静な態度を崩さず、堂々とその場に佇んでいる。 「ああ、分かっている」  興奮する照の態度に、落ち着いた声でヴァレリオがそう言った時だった。ヴァレリオはいきなり照の頬を掴むと、自分の方に引き寄せキスをした。 「なっ、ふんっ、や、やめ!」  照は両手でヴァレリオの頭を掴み返すと、必死にヴァレリオのキスから逃れようとする。でも、力に差があるのか、照は抵抗空しく、ヴァレリオからキスを与えられてしまう。  僕は呆然と二人の様子を見つめた。一体何が起きているのか訳が分からない。二人のキスには官能的な側面も、情愛みたいなものも何も感じられない。まるで犬同士がマウントを取り合うかのようにじゃれ合っているみたいだ。 「はあ、はあ、やっめろっ!!」  照はそう叫ぶと、ヴァレリオを思い切り突き飛ばした。体制を崩したヴァレリオは、僕のベッドの上に仰向けで倒れ込む。  照は自分の唇を嫌そうに拭うと、肩で息をしながらヴァレリオを睨みつけた。 「はあ、はあ、一体何のつもりだ? 頭おかしくなったのか? 俺は死んでも摩央意外とはしないぞ? お前だってそうだよな?」  照は、ベッドに寝転ぶヴァレリオを上から恐る恐る覗き込んだ。 「……当たり前だ。これはただの親愛の証だ。俺もお前が嫌いだが、摩央が好きなお前を俺も好きになりたい。今すぐには無理だが……」   ヴァレリオの言葉に、僕と照は目を見合わせた。驚きと切なさが、僕の心の中に同時に広がる。 「……ちょっ、待ってよ。僕まだ何も言ってないのに……勝手に二人で話を進めないでくれよ……」  僕は泣きそうになるのを必死に堪えた。二人の思いに胸が苦しくて堪らない。僕のことを考えて、お互いにお互いを好きになろうと努力しようとしていたなんて。僕は二人に、そこまでしてもらえるような価値のある男ではないのに、それなのに……。 「何でだよ。何で僕なんか好きなんだよ……」  僕はベッドに座ったまま俯くと、涙を堪えるために、両方の握り拳で自分の太ももを叩いた。でも、僕の拳の上には、必死に堪えているはずなのに、ぽたぽたと涙が零れ落ちて来る。 「やめろ、摩央。自分を傷つけるな」  ヴァレリオはそう言って素早く起き上がると、僕の肩を優しく抱いた。 「そうだよ、摩央。『僕なんか』なんて二度と言うな……」  照も僕の脇に腰かけると、僕の背中を優しく摩る。僕は二人に挟まれるような形で座りながら、泣いている。感謝の気持ちでいっぱいなのに、本当に申し訳なくて。どうして僕を好きなのか、本当に分からなくて。そんな感情に僕はごちゃ混ぜになりながら泣いている。 「……うっ、ありがとう。本当に……嬉しくて、でも、ごめんね。僕は二人とも好きだから、どちらかを選べない……うっ、だから、もし二人が辛くないなら、このまま三人で、ずっと一緒にいたいよ……」  僕は嗚咽を堪えながら正直にそう伝えた。ちゃんと自分の口でしっかりと伝えたいのに、嗚咽に邪魔をされて上手く言えないのが悔しい。  「薄々こうなることは予想してたよ。摩央のことだからな……」  照はそう言うと、僕の肩に自分の頭を載せた。首筋辺りに感じる照の髪がくすぐったい。 「俺は絶対、摩央は俺を選ぶと思っていた……でも、溺れた摩央を助けられなかった自分には、その資格はないと思いを変えた……だから、それでも摩央が俺も選んでくれる気持ちが、俺は嬉しい」  ヴァレリオも同じように僕の肩に自分の頭を載せた。近くで見るヴァレリオの頬には、エメラルド色の痣が美しく輝いていて、僕は宝石でも見つめているような気持ちになる。  「じゃあ、二人ともいいんだね。このままずっと三人で一緒に繋がっていても、構わないんだね?」  僕は二人の頭を優しく撫でながらそう言った。しっかりと確認しないと、不安な気持ちが拭えないから。 「繋がるね……もちろんだよ摩央……じゃあ、俺たちはその『繋がる』を今からして、お互いの気持ちを証明し合おうぜ……なあ、ヴァレリオ、お前もそう思うだろう?」 「え?」  照はいきなり僕の肩から頭を上げると、意味深なことを言った。 「ああ。なるほど。繋がるとはそういう意味か……男女の交わりのことであると……あ、いや、違うな。男と男と男の交わりの方が正しい……」  ヴァレリオは照の言っている意味を理解したのか、小刻みに頷いている。  「おい、待てよ。念のため言っとくけど、俺は摩央としかしたくないからな? 勘違いするなよ?」  照は心底嫌そうな顔をしながら、そんなとんでもないことを口走る。 「言うまでもない。お前こそ何を想像している? 本当に勘弁してくれ……」  二人は僕の頭の上で口論を始めている。 「ちょ、ちょっと待った! また二人で勝手に話を進めないでくれよ!」  僕は二人の会話の内容に恐怖を覚え、この場から逃げようとそっと立ち上がった。 「「待て」」  その時、二人から同時にそう言われた僕は、同じく二人から同時に腕を引っ張られてしまい、ベッドに倒されてしまう。 「わっ、やめて!」  僕は反射的に体を丸めると、二人は僕の両脇に寝転び、左右から僕を抱きしめた。 「……約束は約束だぞ? 摩央。心の準備ができたら、合図をくれよ」  照の方を向いていた僕に、照は優しくそう言った。その目は穏やかに見えるけど、焦燥感みたいなものも僅かに感じる。  「……摩央、体調は大丈夫なのか? 俺はそれが一番心配だ……」    ヴァレリオが僕を後ろから抱きしめながら、耳元にそう熱く語りかける。  「あっ、ちょ、やめ」  僕は身をよじりながら、耳の中に充満するヴァレリオの吐息に耐える。  「はっ、何だそれ、随分余裕があるんだな。俺にマウント取ろうとしてんのか?」  照は僕をヴァレリオから引き剥がすと、僕を自分の体の上で転がして、僕を照の体の向こう側へと移動させた。 「あ、おい、何をしている! 摩央を返せ!」  ヴァレリオは体を起こすと、僕の腕を掴もうと手を伸ばしてくる。でも、照は自分の体を盾にして僕を隠しながら、ヴァレリオの攻撃を遮る。   僕はそんな攻防をしている二人を、心底呆れながら見つめた。 「あーもう! 分かったよ! 今から準備してくるから、ちょっと待ってて!」  僕は半ばやけくそにそう叫ぶと、二人を無視してバスルームに向かった……。
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