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 ヴァレリオの計画を実行する前に、僕とヴァレリオは、照を僕の部屋へ呼び、事の成り行きを照に説明した。照はがくっと膝を落とすと、床に手を付き項垂れてしまう。僕はそんな照の脇に手を入れると、抱えるようにして立ち上がらせた。 「ごめん。こんなことになって……」  自分でも何故謝っているのか分からない。ただ、余りにもショックを受けている照の姿が辛すぎて、僕からは謝罪の言葉しか出てこない。 「何で摩央が謝るんだよ! ちくしょう、何でなんだよ! やっと、摩央と……これから、たくさん……」   照は尻すぼみに声が小さくなっていくと、体を支えている僕を力を込めて抱きしめた。  「ダメだ! 摩央。絶対に諦めるな! ヴァレリオが何とかしてくれるはずだ!」  照は涙声でそう言うと、僕の頬を両手で挟み、必死に僕の目を見つめた。 「当たり前だ。俺に不可能はない」   ヴァレリオは断言するようにそう言うと、僕たち二人を落ち着いた目で見つめた。ヴァレリオのその目には全く不安がないように見える。でも僕は、ヴァレリオがどんな計画を立てているかを知らないから、それがヴァレリオの言う通り本当に上手くいくのか不安になる。本当は、自分を犠牲にしてでも、僕を助けようと考えているのではないかと思えてならない。もしそうだとしたらと想像すると、僕は怖くて堪らなくなる。  ヴァレリオを失いたくない。絶対に……。  僕は心の中でそう強く叫ぶと、照を思い切り抱きしめ返した。 「そうだね。諦めないよ。照のためにも、ヴァレリオのためにも」  僕はそう心を込めて二人に伝えた。 「一週間後に、アルキロス星から俺を連行するために使者が来る。まず、それを欺くことから始める」 「欺く?」  僕はヴァレリオにそう聞き返した。 「ああ、そうだ。明日、俺のクローンロボットを宇宙船に乗り込ませる。俺の三人SPと一緒に。その中の裏切り者のSPだけが、俺が偽物だということを知らない。否、偽物だとは絶対に気づかないだろう」  ヴァレリオは淡々と計画の内容を語り始めるが、そんな簡単に上手くいくとは思えない内容に、僕は少し不安になる。 「クローンロボットって何? そんなこと上手くいくのか?」  照はあからさまに怪訝な表情でヴァレリオに詰め寄った。 「大丈夫だ。アルキロス星の王族は必ず自分のクローンロボットを一体持っている。理由は暗殺されることを防ぐためだ。本来ならクローンロボットを利用するには王の許可がいるが、そんなことを言っている場合ではない」  ヴァレリオはいきなり自分のロッカーを開けると、中から、ぬいぐるみサイズの人型の人形を取り出した。 「これがそうだ。これは王族しか知らない代物だ。本当は持ちだし厳禁だが、こんなことのためにこっそりと持ってきた」 「マジか、ヴァレリオ……自分の息子がヴァレリオみたいな奴だったら、超最悪だ」  照は凝りもせず嫌味を吐くと、呆れたようにその人形をまじまじと見つめた。 「でも、お前の父は、目の前に現れたお前が、クローンロボットってすぐに気づくものなのか?」  照は用心深く、それをヴァレリオに確認する。 「ああ、そうだな。精巧にはできているが、父親はすぐに気づくかもしれない。でも、時間稼ぎはできる」   ヴァレリオはそう言うと、僕に向き直った。  「それでだ、摩央。摩央に頼みがある。使者が来る前に、宇宙船を一機用意してほしいと、摩央の父に頼んでほしい」 「父に?」 「そうだ。この計画を説明し、摩央の命を救うためだと伝えれば、宇宙船の一機や二機必ず用意できるはずだ」  父親の力でそれは容易いかもしれないが、宇宙船を飛ばすための手続きに時間を要してしまうかもしれない。猶予は一週間。果たして間に合うだろうか。  「解った。頼んでみる。ただ一週間しか時間がないから、手続きが難しいかもしれないけど、きっと僕とヴァレリオのために何とかしてくれると思う」  不思議だ。ほんのちょっと前の自分だったらそんなこと思いもしなかっただろう。でも今は、父親の愛情を強く感じ取ることができる。それが僕にとって、素直に生きるエネルギーになっていることに喜びを感じている。 「摩央、お父さんとの関係が良くなってるのか?」  照はすぐに僕の変化に気づき、そう尋ねた。さすが照だ。照はいつも僕のことを気にかけてくれる。 「そうだよ。父親が僕を束縛していたのは、僕の病気の発症を気にしていたからなんだ。この病気は遺伝性のある病気だから、僕が母親から遺伝してしまっていないか心配で、僕を自分の傍に置いて見守っていたらしい」  僕は自分で説明をしながら、とてもこそばゆい気持ちになる。 「そうか、だから映画監督の夢も否定して、なるべく自分の手の届く範囲に摩央を置きたかったと……」 「そうだね。でも、こんな形で父親の愛情に気づくなんて、皮肉だね」  僕は急に自分に置かれた現実を思い出し、怖くなった。もしヴァレリオの計画が上手くいかなければ、僕の人生は、残り僅かで終止符を迎えてしまうのだから。  「皮肉で終わらせなければいい」  ヴァレリオはそうきっぱりと言うと、僕の肩を優しく抱いた。 「ヴァレリオ、お前の計画って何だ? 早く教えろよ」  照は僕の隣に立つと、僕の手をぎゅっと握った。  「ああ、摩央の父から借りた宇宙船で、三人でアルキロス星に向かう。そこで俺は、あることを決行する」 「あることって、何?」  僕はその内容がとても気になり、畳みかけるように問いかけた。ヴァレリオの計画に、少しでも自分を犠牲にするような内容が含まれていれば、僕はそれを即座に止めさせる覚悟でいるからだ。  「今は言えない」 「い、言えないって、なんで?」  僕はその可能性を否定できず、ヴァレリオの目を食い入るように見つめた。 「摩央は俺と自分を信じろ。俺が今言えることはそれだけだ」  ヴァレリオの黒曜石のような瞳には、有無を言わせぬ魔力があるのかもしれない。僕はヴァレリオの言葉に何も言い返すことができず、その場に固まってしまう。  「照。照は摩央を支えろ。俺と自分を信じろと強く言い聞かせるんだ」  いつの間にか僕たちは、感情の乏しかったヴァレリオに励まされている。ヴァレリオが一番強く自分を信じている。僕は今、活き活きと輝く精悍なヴァレリオの顔を見て、ヴァレリオという宇宙人の深部を、しっかりと感じ取れた気がする。 「……解ったよ。もう聞かない」  僕は覚悟を決めそう言った。もう後戻りはできない。僕は自分を信じ、そして後は、ヴァレリオと照を信じるだけ。  僕はまた二人に挟まれるような形で、抱きしめられた。正面にはヴァレリオが。背後には照が。二人が僕を助けようとしてくれる気持ちがひしひしと伝わり、僕は堪えきれず涙が溢れた。この涙は純度百パーセントでできている。僕のヴァレリオと照への愛情でできている。 「何故泣く? 今の摩央の感情は何だ? 泣かれると分からなくなる」  ヴァレリオは困惑した表情で、僕の涙を拭った。 「ヴァレリオ。お前はまだまだ日本で感情を学ぶ必要があるな」  僕の背後で、照がからかうようにそう言った。 「ああ。そのつもりだ。俺はまた必ず日本に戻ってくる」  ヴァレリオは固い決意を示すように、僕を抱きしめる手に力を込めた。  「ああ、そうだよ。そうじゃなかったら、俺が摩央を一生独り占めしちゃうからな。それは絶対嫌だろ?」 「死ぬほど嫌だ!」   ヴァレリオはそう叫ぶと、僕を抱え上げ照から引き剥がした。 「あ、ちょっ、摩央を離せ!」   照は、即座に僕をお姫様抱っこするヴァレリオを追いかける。 「もお! 下せよ! ヴァレリオ!」  僕は慌ててそう叫んだつもりだったが、どうやら涙と鼻水で上手く言葉にならなかったようだった……。 
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