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呼び出し
真夜中に叩き起こされ散々火事場での指揮をとることになったエレンスゲが、重い身体で駐屯地へ戻ってきたのは夜も白々と明ける頃だった。
「お疲れ様です!」
門番の敬礼を無視してさっさと自室へと戻る。何しろ足りない睡眠時間を補わねば。真人類より遥かに高い身体能力を持つ獣人類は基礎代謝量が大き過ぎるが故に1日12時間以上の睡眠を必要とするのだ。今のままではとにかく頭が回らない。
「むぅ、とりあえずアルテミスが戻るまでは……」
そう呟きながら自室のドアを開けて中を見た瞬間。
「な………何だ、これは!」
思わず大声が出そうになるのを何とか堪え、慌ててドアを閉めて鍵を掛ける。
「くそ……やられた!」
回らない頭とはいえ、まるで嵐でも過ぎ去ったあとのような室内に『何が起きたのか』は容易に想像が付いた。
慌てて机の引き出しを開け、二重底になっている蓋を持ち上げると。
『帳簿はお預かりしました』のメモ書きが、隠してあった裏帳簿の代わりに置かれていた。
「まさか、まさか港での騒ぎはこれのための陽動作戦だったとでも言うのか?!」
ワナワナと震えるエレンスゲの目に、メモの続きが飛び込んでくる。
『穏便に取り戻したいと思し召しなら、次の夜12時に駐屯地裏山にある王墓の地にてお待ちしております。是非、お一人でお越しくださいませ』
細いペン先で書かれた流れるような気品ある筆跡。ヘルメースが残したものだ。
「ぐ……何のつもりか知らんが誰かがワシを罠に掛けようとしているな。もしやアルテミスの手下か? むむ……こうなると誰も信用ならん」
疲れきった身体をベッドに投げ出してエレンスゲが毒づく。
「仕方ない。何しろアレだけは取り返さねば。おのれ! ワシに逆らうとどうなるか、その身体に教えてくれる!」
その頃、奈々音たちは港から戻ってきたインティたちと合流して王墓の地下にある秘密の部屋に身を潜めていた。仄かなランプの灯りが室内をそっと照らし出す。
「ほへー……そうなんですか。てっきり皆さん同じ人類かと思ってましたが」
ヘルメースの話に、奈々音がポカンと口を開けている。
「ええ、違います。さっきスペルーニャの駐屯地へ行ったとき、警備兵の顔が獣に近いものだったのを覚えてますよね? 熊や虎に似ていたり。彼らは獣と融合した獣人類ですので」
「そ、そういえばワニみたいな顔の人もいました!」
その不気味さに奈々音もぞっとした覚えだが。
「同様にだ」
ゴロリと石床に転がっていたサンタァが後に続く。
「儂らオルアンダ人は昆虫と人類が融合した『昆人類』。仮面を被っているのは防具ではなく『素顔が気持ち悪い」とインディルカ人に不評なのでな」
多分、その仮面の下は昆虫のような顔つきなのだろう。それはインディルカの『真人類』からすれば違和感があって不思議あるまい。
「そして私、ヘルメースのようなアテナの者は植物と融合した『植人類』です。ま、見た目は真人類に近いですが。こうした人類の分化は今から10万年前に起こったとされています」
突然に起こった、その奇妙な分化と融合。10万年という途方も無い過去に何が起こったのか。
「皆さん……仲が悪いんですか? その、種族が違うことで」
恐る恐る奈々音か尋ねると。
「別に不倶戴天の敵というわけではありませんが」
ふふ……とヘルメールが微笑む。
「その種族によって最適な生存戦略というものがあり、ときとしてそれが衝突を起こすこともあります。これは」
室内の空気がまた一段と冷えたような。
「どの種族が生き残るか、という唯のサバイバルレースに過ぎないんですよ」
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